No title
行為自体はそりゃもう静かなもんだった。もっとAVに出てくるような凄い声を出すのかと内心期待……否、心配していたけれど、誰かのいびきの方がよっぽど五月蝿くて、それにかき消されるような小さな声だ。
二人が寝静まったのを見計らって、オレはこっそりと部屋を抜け出した。
自販機でジュースを買い、ロビーのソファでふぅっと息を吐く。
あまりにも衝撃的すぎる出来事に目が冴えてしまい、全く眠れそうにない。
それにしても、枕に顔を埋めて堪える日向……中々ヨかったな……。
枕に顔を埋めて声を押し殺しているあの姿が目に焼きついて離れない。
枕……まくら……!
枕で真っ暗! キタコレっ!
さっきは動揺しすぎてダジャレも思いつかない程だったから、冷静になれた自分に少しホッとする。
「お、伊月〜?」
「!?」
常に携帯しているネタ帳にメモを取っていると、不意に後ろから声をかけられ反射的に身体が震える。
「……木吉……」
正直あんなことがあった後だから、出来れば今は会いたく無かった。
「眠れないのか?」
「まぁ、ね。目が覚めちゃって」
「ふぅん」
そう言って、木吉は緑茶を片手に何故かオレの隣に腰を降ろした。
ソファは沢山あるから他に行けばいいのに。
気まずい……気まずすぎる。
お互いに何も言わない沈黙が数分続き、再び息苦しさに襲われる。
もう無理だ。この沈黙には耐えられない。
「じゃぁ、オレそろそろ――」
「伊月〜」
居た堪れなくなって立ち上がった俺を木吉が呼び止める。
「なに?」
恐る恐る振り返ったオレを見て木吉はにっこり。
「日向は渡さないぞ」
「――っ」
思わず絶句。 なんで、今そんな事を言うんだ!?
もしかしてさっきオレが見ていた事に気付いて?
「な、なんでいきなりそう言う事を言われなくちゃいけないのか、意味がわからないよ」
「そっかぁ。だったらいいんだ」
相変わらず、木吉の表情からは何も読み取れない。
野性的カンで言ったのかもしれないし、オレが日向の事を好きだという確信があって牽制してきたのかもしれない。
本当に、木吉は食えない男だ。
でも……。
オレだって長年日向の事を想い続けて来た。こんな突然現れた男に日向をタダでやる訳にはいかない。
「……日向泣かせたらオレ、許さないから」
「ん?」
「なんでもないよ。お休み、木吉」
最後の呟きは木吉の耳には届かなかったらしい。首を傾げて不思議そうにしている木吉を置いて、俺は部屋に戻ることにした。