No title
「――今までありがとう……、ございました……」
手の中のボタンを見ていると、胸に熱いモノが込み上げてくる。泣いてはいけない。そう頭では分かっているのに目尻に溜まった涙が視界をぼやけさせてしまう。
「……言いたいことはそれだけか?」
するりと頬に冷たい手が触れて顎を上向かされる。目線の先には琥珀色の双眸がジッとこちらを見つめていて高尾の言葉を待っているようだった。
「今なら特別に聞いてやる」
覗き込んでくる瞳は今まで見たこともないように真摯的で優しげだった。
その視線に促されるように震える唇を開く。
「……き、……っ」
発した言葉は虫の羽音のように小さいものだった。それでも自分の頭の中ではガンガンと大きく鳴り響いている。
「聞こえねぇ」
「好き、です……俺、宮地さんの事がずっと、好きでした……」
ずっと言いたくて言えなかった言葉を発した瞬間、それまで堪えてきた涙が堰を切ったように溢れだした。
「み、ぅっ、やじさ……っ、うぇっ、俺、宮地さ、と離れたく、ないっ」
ボロボロと止まらない涙を手の甲で拭いながら子供のように泣きじゃくっていると、腕をぐいと引き寄せられ、きつく抱きしめられる。
「たくっ、やっと言ったな。遅せぇんだよ、バカ尾が」
そう言いながらもくしゃくしゃと頭を撫でる手は、抱きしめてくれる腕は、あくまで優しい。
そんな風に優しくされたら、ますます涙が止まらなくなってしまう。
「馬鹿、いつまで泣いてんだよ」
「す、すびばせ……ぅっぐすっ」
「オレの服に鼻水付けんなよ? 付けたらもう一生離さねぇぞ」
「……フハッ、なんっすかそれ……意味わかんねぇ」
一際強く抱きしめられて、思わず失笑が洩れた。泣き笑いの顔で見上げると宮地がふっと柔らかく笑った。
「オレさ……、今教習所通ってんだよ」
「へっ?」
「免許取ったら、一番にお前乗せてやるし……試合だって応援に行ってやる。今より会う時間は少なくなるだろうけど、もう二度と会えないわけじゃねぇだろ。だからさ……今日くらい笑ってろよ」
ひやりと冷たい指がそっと目の縁を拭う。両手で頬を包み込んで高尾を覗き込む瞳には切なげな色が浮かんでいる。
「つか、嫌だつったら轢く」
「ブハッ! なんすか、それっ」
「てめぇに拒否権なんてねぇんだよ。バカ尾」
もう一度ぐしゃぐしゃと頭を掻きまわされて胸に広がる甘くくすぐったいような気持ちに、思わずはにかんだような笑顔しか作れなかった。
「……また、会いに来てやるから……」
「――はい」
もう泣くな。囁かれて素直に頷く。頬を撫でる指先に自分の指を絡め、しばし互いに見つめ合った後、高尾はゆっくりと瞳を閉じた。