No title
爽やかな風が頬をなでる感覚にうっすらと目を細めた。昨日まで冷え込んでいた寒さも緩み、今日はポカポカと暖かい陽気に包まれている。
残念ながら桜の開花には間に合わなかったようだが、校庭に植えられている白や紅色の梅の花が鮮やかに咲きほこり卒業生たちを祝っている。
「高尾。挨拶に行かなくていいのか」
「あ〜、俺後で行くから先行って来いよ」
校庭の景色を眺めたままそう答えると、小さなため息が聞こえてきた。
緑間は何か言いたげに二,三度口を開きかけたが、何も言わずに教室を出て行ってしまう。
「……」
(行けるわけ、ねぇじゃん)
勿論、部活でお世話になった先輩たちに挨拶をするのは後輩の務めだとわかっている。
木村や大坪を笑顔で送り出してやりたい気持ちも当然ある。
だが今、宮地の顔を見てしまったら、きっと自分は泣いてしまう。
何度、この日が来なければいいと思った事か。
宮地ともっと一緒に居たい。側に居たいのに、季節と言うのは無情なものだ。
今日で彼に会えなくなるのかと思うと、一体どんな顔をして会えばいいかわからない。
洩れ出る溜息を隠そうともせず、何気なく外に視線を移した。多くの女生徒に囲まれる群れの中心にいる宮地を発見し、胸が痛む。
「うっへー、やっぱ宮地さんモテんだな……だよな、カッコいいもんな」
沢山の花や贈り物を突き付けられそれに応じている彼を見ていると心の中で嫌な感情が競り上がってくるのがわかる。
彼の制服のボタンを貰い、嬉しそうに去っていく女子を目の当たりにして思わず眉間に深い皺が寄った。
自分が欲しかった第二ボタンは既に無く、それどころか制服のボタンはほとんど誰かに取られてしまっている。
俺だって、俺だって本当は……。
唇を強く噛んだその瞬間、ふと顔を上げた宮地と目が合ってしまい心臓が一際大きく跳ね上がった。
咄嗟に身を隠してしまったけれど、激しく脈打つ鼓動は中々治まってくれない。
「何やってんだよ、俺」
完全に自己嫌悪。女の子に嫉妬するなんて最悪だ。