No title
結局、夕飯までには間に合う筈もなく、大坪にたっぷりと叱られ二人でみんなの分の皿洗いまでさせられるハメになってしまった。
しかも遅刻した理由が理由なだけに、居た堪れない。
明日、自分は無事に合宿メニューをこなせるだろうか? ただでさえ身体は辛いのに、今はそれに加えて腰に鈍い痛みを伴っている。
「あ〜……も〜、最悪っ。あの人、どんだけ元気なんだよ……」
「……高尾。ちょっといいか?」
「んぁ? 真ちゃん、どうしたぁ」
入浴時間ぎりぎりの風呂から上がり、牛乳を飲んでいると突然緑間に呼び止められた。
「……」
「?」
緑間は高尾の顔をジッと見つめ、いきなり腕を掴むと物凄い勢いで廊下を歩き始める。
「へっ? えっ、ちょぉ!? 真ちゃん?」
「いいから来い!」
ぐいぐいと引っ張られて、わけもわからずついて行くと、人気のない駐車場まで来たところで彼は足を止めた。
「えっと、……真ちゃん?」
コレは一体なんなんだろう? もしかして、緑間からの告白タイムか!?
ふと過った考えに、心臓がドキドキしだした。
緑色の髪が、淡い月明かりに照らされていつにも増して綺麗に見える。
「……高尾……」
綺麗な左手の指先が伸びてきて、頬に触れる。不意に名を呼ばれ、びくりと身体が跳ねた。至近距離で見つめられると益々鼓動が早くなった。
心なしか緑間の頬が赤く染まっているような気がするのは、気のせいだろうか?
「……お前、体育館を出る時、オレの携帯を持って行っただろう?」
「へっ、携帯?」
それが無いと困るのだよ。と言われ慌てて自分のポケットを探った。出てきたのはいつも見慣れているはずのオレンジ色ではなく、鮮やかな緑色。
「やはりお前だったのだな」
盛大なため息と共に手元から携帯を奪われ、代わりに緑間の手から自分の携帯が戻って来る。
「あははっ、悪りぃ悪い。並べて置いてたから体育館出る時、携帯間違って持ってったんだな〜」
「全く、いくら電話してもお前は出ないし、携帯は行方知れずのままで随分探したのだよ」
「……っ携帯、鳴らしてたんだ……」
一体、どこで何をしていたんだと尋ねられたら答えることが出来ない。
まさか、宮地とえっちしていたので全然気付きませんでしたとは、口が裂けても言えるわけがない。
「ごめんな〜真ちゃん! マジごめん!」
両手を合わせて平謝りの高尾にチラリと視線を送り、緑間は眼鏡のフレームを押し上げ小さく息を吐いた。
「……まぁ、無事に見つかったから良かったのだよ。……ぁあ、それと……」
サッと視線を逸らし、緑間がコホンと咳ばらいを一つした、だがそれ以上何も話さず、奇妙な沈黙が二人の間に落ちる。
「真、ちゃん? どうした?」
その間に違和感を感じて首を傾げていると、緑間が意を決したように口を開いた。
「いや。……宮地さんと二人でイチャつくのは構わんが、もう少し声のトーンを落とすのだよ……」
「……へ? 声?」
「何処で何をしていたのかまでは知らんが丸聞こえだったぞ、馬鹿め。……聞いてるこっちが恥ずかしくなる」
「!?」
言われている意味を瞬時に理解した高尾は自分の血の気が引いていくのを感じた。
まさかとは思うけれど……。
「えっと……真ちゃん、もしかして携帯探して公園とか行ったわけ……?」
「…………」
緑間は答えなかった。だが、その沈黙が全てを物語っているような気がして衝撃的な告白に眩暈を覚える。
真ちゃんに聞かれてたとか、最悪過ぎんだろソレ!!!!
ふいと視線を逸らした緑間は、眼鏡をカチャカチャとせわしなく押し上げながら、携帯をぎこちない手つきでポケットにしまった。
「と、とにかく! 宮地さんにもう少し控えるように言っておけ!」
それだけ言うと、緑間はくるりと踵を返した。その彼の首筋がほんのりと赤く染まっていた事に、自己嫌悪に陥っている高尾は気付かなかった。
「ぅあ〜……サイアクじゃん」
薄暗い駐車場の真ん中でしゃがみ込み、一人頭を抱える姿を穏やかな月の光だけが優しくそっと見つめていた。