No title
「――高尾。手ぇ出せ」
「?」
戸惑いながら右手を差し出すと、その手に何かを握らされた。
「え、これ……って」
「俺の第二ボタンだ。たく、最初からそれだけ取っておいて良かったぜマジで」
「いいんですか? オレが貰っても……」
「当たり前だろ。つか、いらねぇつったら速攻で校庭に埋める!」
「……っ……ありがと、……宮地、さん」
手の中のボタンを見ていると、胸に熱いモノが込み上げてくる。泣いてはいけない。そう頭では分かっているのに目尻に溜まった涙が視界をぼやけさせてしまう。
「馬鹿、なんて顔してんだよ……今日で最後だろ? 最後くらい笑っとけ」
ぐいと引き寄せられて、強引に抱きしめられた。
もうこの温もりを感じる事が出来なくなると思うと、切なくて胸が張り裂けそうになってしまう。
その時ふと、廊下の方から宮地を探す声がして抱きしめられていた腕が緩んだ。
「悪い。俺、もう行くわ……。半年って案外短いもんなんだな……」
ほんの一瞬寂しそうな表情をして、そう呟いた宮地は名残惜しそうに高尾の髪をひと撫でするとそのおでこに触れるだけのキスを落とした。
「短い間だったけど結構楽しかった。お前ならもう俺が居なくても大丈夫だろ」
「……っ」
全然大丈夫なんかじゃない。
行かないで、ずっと側に居て欲しい。そう、言いたいけれど言葉が詰まって出てこない。
言ってしまえば宮地を困らせるのはわかっているから。
これ以上困らせてはいけない。
張りつめていた心が切れそうだ。足の力が抜けそうになり、高尾はなんとか踏みとどまる。
言いたい言葉を全てみこんで、高尾は無理やり作った笑顔を宮地に向けた。
「宮地さん。今まで……ありがとうございました。……オレ、……絶対にうちのチームを日本一にするから……っ、宮地さん達が叶えられなかった夢、絶対に叶えるから。だから、……たまには、遊びに来てくださいよ。真ちゃんと一緒に、待ってるんで……」
「……バーカ。そんな、泣きそうな面して偉そうな事言ってんなよ。お前らだけじゃ心配だから、当然扱きに行くに決まってんだろ?」
くしゃくしゃっと頭を掻き回し、宮地はじゃぁ、またな。と言って出て行ってしまった。
別れと言う現実が改めてゆっくりと頭に染み渡って、目の前が真っ暗になってゆく……。