No title
「――っは〜、だる〜」
「まだ1限目が終わったばかりだぞ」
授業が終わり、机に突っ伏していると前の席に座る緑間が呆れたような声を上げた。
「しゃーねーだろ? 朝練超きつかったんだから」
「それは自業自得だろう。お前がいきなり宮地さんに抱きついたりするから……。横にいて肝が冷えたのだよ」
「そーだけど……」
今朝の出来事を思い出し、深いため息が洩れる。
あれから数日が過ぎたけど、二人の関係が変わった事は今のところない。
あの後、宮地さんが途中まで送ってくれて別れ際に軽くおでこにキスしてくれた。
一度ギュッと抱きしめてから「じゃぁまたな」と、笑って帰っていった宮地さんの姿が最後……。
あれは夢だったんじゃないかと思うくらい、変化のない毎日が続いている。
だから、確かめるために朝一番で見付けた宮地に思いっきり抱きついてみたら、ダークな笑顔を張り付かせて「まだ寝ぼけてんのか? 目ぇ覚ますために外周走ってこい!」と、怒られてしまった。
他にも、「やる気がねぇならさっさとレギュラー降りちまえ!」だの、「部活中にへらへらすんな!」だの、いつにも増してキツイ怒号を浴びせられ正直凹みそうだ。
別に、甘い恋人関係を望んでいるわけではなかったが、想像していたのと違い過ぎて戸惑いを隠しきれない。
「……そういえば高尾。宮地さんと付き合い始めたと言うのは本当なのか?」
「ぶはっ! えっ!? ちょっ! なんで知って……っ」
ドキッとした。まさか相棒からそんな話を振られるなんて。
戸惑いを隠しきれない高尾に対し、緑間は静かに眼鏡を押し上げ小さく息を吐く。
「昨日、木村さんがそう言っていたのだよ。本当のところはどうなんだ?」
「あ、……うん。一応……成行きでそうなった、みたい」
取り敢えず嘘ではない。普段とあまり変化がなくても、たとえフリだけだったとしてもそういう話で合意したのは確かだ。というか、なんで木村がそんな話を知っているのだろう? もしかしたら宮地が故意に噂を流している?
よくよく考えたらそれはそれで恥ずかしい事じゃないか!
「みたい? 随分と自信のない返事だな」
「しゃーねーだろ? だって宮地さんは――あ!」
噂をすれば影が差すとはよく言ったものだ。視界の端――廊下の方に目立つ蜂蜜色の頭がふわふわと揺らめいているのが見えた。
背が高いので、1年の中に混じるといつも以上に目立って見える。