No title
「高尾?」
「……っごめ、ちょっとトイレ……行ってくる」
こんな姿、妹に見られたくない。きっと今、凄く情けない面してるはずだ。
とにかくこの場にいたくなくて、離れようとした。だけど、俺の進路を塞ぐように真ちゃんが立ちはだかる。
「真ちゃん、ごめんけどマジ退いて……俺、今すげぇ気分悪くて」
「……逃げるのか?」
「別に、逃げてるわけじゃ……」
「逃げているのだよ、お前は。言いたいことがあるのならハッキリと言え」
不意に肩を強い力で掴まれた。乱暴に引かれて目が合う。
「だいたいお前はいつもそうなのだよ。俺の心の中には土足で入り込むクセに自分の腹の中は絶対に晒そうとしない。不快なのだよ」
真ちゃんは怖いくらい真剣な眼差しで俺の顔をジッと見据える。眉間には深いシワが刻まれて苛立ちを隠しきれないようすが見て取れた。
「ごめん……嫌な気分にさせて。せっかく楽しいデートだったのにな……マジ、ごめん」
泣かないように口の笑みの形に歪ませて、言葉を紡ぐ。
真ちゃんを怒らせる気なんてなかった。
「俺さ、真ちゃんも菜月も同じくらい好きなんだよ。二人にはどっちも幸せになってもらいたいし、菜月は真ちゃんの事好きっぽかったから俺が居たら邪魔だと思って……」
俺の言葉に真ちゃんは少なからず驚いたようだ。初めて知ったとばかりに目を見開き「そうだったのか?」と呟く。張り詰めていた心が切れそうだ。足の力が抜けそうになり、唇を噛み締めてなんとか踏みとどまる。
「真ちゃんがそんなんだから俺心配で……。本当は真ちゃんの側にいたい。だけど、妹の幸せを願うのが兄貴としての役目だと思うから俺が、真ちゃんを諦めるのが一番だって思って――」
「――違う。違うよ、お兄ちゃん!」
凛とした声が響いた。
「お兄ちゃんは間違ってる。私が好きなのは緑間さんじゃなくて……お兄ちゃんだもの」
「……え?」
予想外の答えに、今度は俺が驚く番だった。
「は? だっておまっ……真ちゃんとスゲー仲良さげに話してたし! 俺に内緒で携帯見せ合いっこしたりとかしてたじゃないか。真ちゃんだって菜月と話すの楽しいって……」
「あ〜、アレは……」
「……別に見せてもいいのだが、見せたらお前が怒ると思ったのだよ」
妹に代わって真ちゃんが深い溜息を吐きながら代弁する。
つか、俺が怒るかもしれない内容ってなんだ?
「見たいか?」と、訊ねられて一瞬迷った。
コクリと頷いたのを確認し、ゆっくりと真ちゃんの携帯が俺の目の前に差し出される。