No title
「あ〜、マジきっちー。俺、ここで休んでるから二人で先行っといていいぜ」
チャリカーを自転車置き場に繋ぎ、遊園地の入場口を目で指し示すと、自販機でジュースを買っていた真ちゃん達は驚いたような顔でこちらを見た。
「え〜、せっかくここまで来たのに」
「そうなのだよ。大体このくらいでバテるようなお前ではないだろう」
口々にそう言って、不満を口にする。
「だから〜、俺は後から行くって!」
せっかく気を利かせて二人にしてやろうって思ってんのに鈍い二人は口々に俺も一緒じゃないと嫌だという。
「疲れてるなら中で休めばいいじゃん。お兄ちゃんが一緒じゃないとつまんないよ」
「うっ……」
眉を寄せてつまらないと口を尖らせる妹に心がぐらついた。
つか、どう考えたって変じゃね? 俺、お邪魔虫じゃん。
なんで、二人で行かないんだよ。俺には全く理解できない。
終いには俺が行かないと中に入らないとか、真ちゃんまで言い出して俺は仕方なく重い腰を上げた。
「つか、珍しいな」
「なんのことなのだよ」
「真ちゃんが遊園地をデート先に選んだのが意外って事。もしかしてアレ? うちの妹ちゃんがワガママ言っちゃった感じ?」
入場門をくぐり、園内地図を広げながら早速どのアトラクションに乗ろうかと考えを巡らせている妹を目の端で追いつつ訊ねると、真ちゃんは短く息を吐いて眼鏡をグッと押し上げた。
「別に。菜月が我が儘を言ったわけでは無い」
菜月……ね。ちゃっかり俺の妹を名前で呼ぶんだ。
俺のことは一度だって名前で呼んだ事ないくせに。些細なことだけど、イライラする。
だけど、出来るだけそれを顔に出さないように普通でいないと。
そんな俺の些細な変化なんて全く気付いていない真ちゃんはさらに言葉を続ける。
「ここを選んだ理由は色々あるが、一つは今日のラッキーアイテムが焼き鳥を咥えた虎のぬいぐるみだからなのだよ」
「――はぁ?」
トラのぬいぐるみが、なんだって?
「以前、ここでたい焼きを咥えたトラは手に入れたが、まさかまたのんべぇ虎さんシリーズが来るとは……」
「の、のんべぇ……ぷっ、くくっ、何だよ、それ」
つまり、真ちゃんはココにそののんべぇなんとかって言うのを探しに来たって事?
わざわざ遊園地までラッキーアイテムを求めて?
意味わかんねぇし、超ウケる。
虎のぬいぐるみを抱っこしている真ちゃんの姿が思い浮かんで、思わず吹き出しそうになった。
「何を笑っている」
「だ、だって真ちゃんがトラのぬいぐるみだぜ? お前一体何個ぬいぐるみ持ってんだよ!」
真ちゃんの家って一体どんなんだろう。きっと部屋にはぬいぐるみがいっぱいあって、ベッドに入るときもうさちゃんとか抱っこしてたりするんだろうか?
「ぶはっ! やべぇ可愛い」
「誰が可愛いと?」
低い声がして、俺は慌てて吹き出しそうになる口を押さえた。
「まぁまぁ、おかしいと思ったんだよ。真ちゃんがこんな場所選ぶなんてどう考えたって違和感ありすぎだし」
真ちゃんは何処に行ってもやっぱ真ちゃんだ。 そんな当たり前の事が嬉しくて、なんだかホッとする。
「じゃぁ、今日一日掛けてそれを見つけるんだろ? 俺も手伝うぜ」
「いや。場所の目星はついているのだよ。問題はまだ残っているか? と言う事だけだ」
「ふぅん、そっか。じゃぁ最初の目的地は決まりだな。菜月もそれでいいよな?」
確認すると、俺たちのやり取りを黙って聞いていた妹がコクりと頷いた。
「そんじゃま、行きますか。真ちゃん案内よろしく!」
真ちゃんの背中を叩いて妹を隣に並ばせ、俺は後ろに回る。