No title
「もう、その話は忘れろって! あ〜ぁ、明日おは朝中止になんねぇかな〜」
柵に凭れて海を眺めながら、自然と深いため息が洩れた。
「あまり溜息を吐くと、幸せが逃げていっちゃいますよ」
表情の薄い顔で淡々と言われ、ガクッと力が抜ける。
(この憂鬱な気分の半分はお前のノロケ話のせいだって!)
こっちが上手くいっていない時に、無自覚で惚気られるほど苦痛なものはない。
「幸せ、ねぇ……」
小さく呟いて空を見上げた。そう言えば、彼の側に居られるだけで幸せだと思った時期もあった。結局、人間なんてモノは欲深い生き物なのかもしれない。
「緑間くんは鈍いので、もっと積極的、かつ直接的な方法でアタックしないとダメだと思います!」
何を思ったか、真剣な表情で話す黒子を驚きと、期待に満ちた瞳でみつめる。
「直接的って例えばどんなだよ?」
「そうですねぇ、例えば……ハッキリ『抱いてください!』って言うとか」
珍しく力説する黒子は、拳を握り締め、緑間くんはそのくらい言ったほうがいいと思います! と、付け加えた。
瞬間、顔を赤らめながら口をパクパクさせて絶句する緑間を想像し、高尾が思わず吹き出した。
「ぶ、ぁはははっ! なんだそれ! 超ウケんだけど! クククッ、いいね、いいね〜それ! つか、何? それ火神に言ってやったワケ?」
そう言えば火神も相当鈍そうだ。そんな彼をどうやって黒子が落としたのか、気になる疑問がもう一つ湧いた。
ニヤニヤしながら尋ねれば黒子は困ったように眉を寄せ表情を曇らせた。
「いえ。火神君に言った事はありません。寧ろ、サカリがついた犬みたいで困っているくらいなんで」
「サカリがついた犬って、ひでぇな! そんなに凄いのかアイツ」
脳内に黒子に大型犬のように襲いかかる火神の姿が思い浮かぶ。
「えぇ、酷いです」
と、黒子がしみじみと言うので、さらに可笑しさが込み上げて来る。
あまりにも他人事のような黒子の言い方があまりにも面白いので、笑いすぎて腹が痛くなるほどだ。
「……高尾くん、笑いすぎです」
黒子がムッとしたように眉を顰める。
高尾は目尻に浮かんだ涙を指で掬い、呼吸を整えていると室内から誰かが走ってくるのが見えた。
「なんだよ、こんな所に居たのか黒子」
「火神くん」
噂をすれば影がさす。タイミングよく現れた男に顔がにやけるのを抑えきれない。
「プ、ククッ。よぉ」
声を掛けると、初めて存在に気がついたのか火神の眉がぴくりと反応した。
「なんだ、お前も居たのかよ。つか、緑間は?」
「さぁ? 多分寝てるんじゃねぇ?」
「ふぅん。つーか、黒子拉致ってんじゃねぇよ。便所行ったっきり戻って来ねぇから探したじゃねぇか!」
不機嫌さ全開で睨みつけられて、高尾は肩を竦めた。
「ほら、部屋に戻るぞ」
「そうですね。じゃぁ、高尾くん……頑張ってください」
黒子はそう言うと、火神の横に並んで何やら話をしながら室内へと戻って行った。
「頑張って……ってか」
一人になった高尾は空を見上げ、軽く息を吐く。
沢山笑ったせいで、鬱々としていた気持ちは無くなり寧ろ心が軽くなったような気がする。
(アイツ、変わった奴だとは思っていたけど、面白れぇな)
先ほどの会話を思い出すと、自然と頬が緩んで失笑が洩れた。
(真ちゃん、俺が「抱いて」つったらどんな反応するかな?)
馬鹿な冗談は止せと言ってスルーするか、それとも……?
初めてまともに話した筈なのに随分と濃い話をしてしまった気がする。
「ま、いっか」
潮風を胸いっぱいに吸い込むと、高尾も部屋に戻ることにした。