No title
「――はぁ」
洗面台に手をついて勢いよく流れる水を眺めながら、高尾は何度も大きな溜息をつく。
緑間にとって自分は一体なんなんだ?
薄々わかってはいたけれど、自分よりおは朝の方が大事だなんて。
自分の存在意義がわからなくなって、胸を締め付ける。
恋人同士だと思って居たのは単なる自分の勘違いで、都合のいい時に使える下僕だと思われているのかもしれない。
時々見せる優しさも、彼の単なる気まぐれ。本当は自分のことなんて何とも思っていないんじゃないだろうか。
そう思うと、無性に悲しくなってくる。
「……水の出しすぎはよくないと思いますよ」
「!」
背後から手がにゅっと伸びてきて蛇口が締まる。あまりに突然の出来事に一瞬息が止まりそうになった。
「どわっ!? 黒子おまっ、いつからソコにっ!?」
「……ずっと居ましたけど」
「ずっとって、嘘だろ!?」
少し考え事をしていたとは言え、彼の存在に気付かないなんて!
「何か真剣に悩んでいるようだったので、声を掛け辛くて」
すみません。と頭を下げられ、高尾は呆然とした。
個室に篭っている間、ドアが開く音も人の気配も全く何も感じなかった。
それどころか、いくらボーッとしてたとは言え洗面台に立っていれば誰かが入って来る事くらい気付くはずだ。
となれば、黒子は自分がトイレに駆け込む前から室内に居た、という事になる。
「……つか、マジでいつから居たワケ?」
なんだか嫌な予感がして、恐る恐る尋ねてみた。
「安心してください。高尾くんがトイレでオ○○―してたなんて誰にも言いませんから」
抑揚の無い声で淡々と告げられ、軽く目眩がした。
トイレに駆け込んだとき、入口付近には確かに人は居なかった。だが、数個あるトイレに他の誰かが入っているかもしれないとは考えつかなかった。
完全に自分がうっかりしていたとしか言い様がない。
「マジで誰にも言うなよ! 特に真ちゃんには!」
こんな事、彼に知られたらと思うとゾッとする。
「はい、言いません。僕は口が硬いので」
表情の乏しい彼が何を考えているのかよくわからない。だが、今は口が硬いという彼の言うことを信じるしかない。
重苦しい沈黙が数秒続いた。用が済んだのなら早く出ればいいのに黒子はジッとこちらを見つめたまま動こうとしない。
まだ何か用があるのだろうか?
「少し、話でもしませんか?」
そう先に切り出してきたのは彼だった。
今はそっとしておいて欲しいと思う反面、一人にはなりたくない。と、感じている自分がいる。
まだ寝る時間には早すぎるし、気分転換をするにはいい機会だ。
大体、一人で鬱々と過ごすのは性に合わない。丁度彼には聞きたいことがある。
例え相手が黒子でも、話して楽になれるのならばと彼の誘いをOKし、二人は連れ立ってトイレをあとにした。