No title

「……何を、しているのだよ」
聞き覚えのある声がして、強く瞑っていた目を恐る恐る開けてみた。
すらっとした長い脚、綺麗にテーピングが巻き直された左手。そして何より、男子高校生が所有するには恥ずかしすぎる、ピンクのくまを手に持っている。
こんな格好をしている奴は真ちゃんしかいねぇっ! 心配して来て、くれたんだ? 
来てくれたことに安堵して、身体から力が抜けそうになる。だがまだ、貞操の危機が去ったわけではない。
「灰崎。そいつには手を出すな。……俺のモノなのだよ」
真ちゃんは室内をぐるりと見回し、俺の姿を確認すると一度眼鏡の位置を整えた。地を這うような低い声が狭いトイレに響き渡り、ぴりっとした緊張感が辺りを包み込む。
「俺のモノ……ねぇ。フッ、お前の相棒、顔はまぁまぁだけど、ちょっと色気足りないんじゃねぇ? 」
ニヤニヤと笑いながら真ちゃんと対峙する灰崎と呼ばれた男。
ほっとけよ! と叫びたかったけれど実際にはくぐもった呻き声が僅かに洩れただけだった。
「フン、お前が高尾の良さなど分かる必要は無い。俺だけが知っていればそれでいい」
ちょっ、真ちゃんっそんなとこで突然のデレとかマジなんなんだよっ!
聞いてるこっちが恥ずかしくなるような事をシレっと言うとかマジ……。
「アハハッ! 真太郎お前、コイツにマジで惚れてんのな。すげーウケる」
「……」
「それでこそ奪いがいがあるってモンだぜ」
「……灰崎。お前だけは許さないのだよ」
ギリっと歯噛みする音がここまで聞こえてきて、真ちゃんから立ち上るオーラが怒りの色をより一層濃くなる。
「許さない? へぇ、お前……俺に勝つ気? おもしれぇじゃん。やれるもんならやってみろよ」
「んんっ! ぅうっ!」
真ちゃん、喧嘩とかしたことねぇだろ!? 絶対無理だって! それに暴力沙汰は……。
ファイティングポーズを取る灰崎に対して表情一つ変えない真ちゃんに不安が募る。
「大丈夫だ。人事は尽くしている。こんな奴に俺が負けるなどありえないのだよ」
「!」
俺の心を読んだかのタイミングで、そうはっきりと宣言する真ちゃん。
俺を安心させるように言ってくれたんだと思うけど、根拠のない自信が一番の不安要素だって気づいてます?
「へっ!わけのわかんないこと言いやがって! その自信、速攻で後悔させてやるよ!」
相変わらず口元に不気味な笑みを浮かべながら灰崎と呼ばれた男が襲いかかる。恐らく、相手が真ちゃんだからと言う油断があったのかもしれない。(実際俺も真ちゃんが勝てるはずがないと思っていたし)だけど、あっさり腕をひねられて地面に崩れ落ちた。
真ちゃんは蹲る灰崎の腹をガッと容赦なく踏みつけて蹴飛ばした。
「ぐ、は……げほっ」
腹を押さえて悶え苦しむ灰崎を冷たい視線で一瞥し、真ちゃんは何事も無かったかのようにメガネの位置を整え吐き捨てるように言った。
「勝負ならいつでも受けてやる。だが、今度コイツに手を出したらこんなものでは済まさないのだよ」
あまりにも一瞬の出来事過ぎて、何が起きたのかよくわからなかった……。
灰崎の抵抗が少なくなったのを確認すると、真ちゃんが呆れたように溜息を吐きながら俺の前にしゃがみこんで、ぐるぐるに巻きつけられた衣類と口の中のタオルを引き抜いてくれる。
「……全く、お前は何をやっているのだよ」
「けほっ、けほっ。ごめーん。後ろからいきなりだったからさ……」
強く腕を引かれ、ヨロヨロと立ち上がる。冷えた空気に思わず身震いすると、真ちゃんが自分の上着を脱いで俺にかけてくれた。
「早く服を着ろ! 馬鹿め。油断しているからそんな目にあうのだ」
「不可抗力だったっつーの!」
くどくどと文句を言いながらも、待っていてくれる真ちゃんの優しさが嬉しくてつい頬が緩んでしまう。
「何を笑っているのだよ? 気持ち悪い」
「ぶはっ、ひっでーっ! いやさ、さっきの真ちゃん……超かっこよかったなと思って。つーか、お前意外と強かったんだな」
「フン、普段から人事を尽くしていればあれくらい大したことでは無いのだよ」
いやいや! フツウいくら人事尽くしたってあんな蹴り出来ねぇよ!? 
どんだけスゲェんだよ真ちゃんの人事効果って!
「なんにせよ、お前が無事で良かったのだよ」
適当に乱れた衣服を整え、トイレを後にしながらホッとしたような声が頭上で響く。
「……真ちゃん……」
本当にあの時、真ちゃんが来てくれて良かった。
もし、来るのがもう少し遅かったら? なんて考えるとゾッとする。
「こりゃ真ちゃんに当分頭あがらねぇな〜」
「フッ、そうか」
眼鏡を押上げながら、どことなく嬉しそうな表情を浮かべ、俺の腰に腕が絡みついてくる。そしてそのまま物陰に押し付けられた。
「あの〜緑間サン? お前、俺をこんなとこに連れ込んで何する気だよ?」
嫌な予感がして恐る恐る訊ねてみる。
「お前があまりにも可愛いことを言うから、我慢が利かなくなったのだよ」
シレッと恐ろしいことを口走りながら、服の中に手が滑り込んでくる。
「え? ちょっ、馬鹿! 触るなってっ」
一体いつの間にスイッチが入ったんだ?
慣れた手つきで体をまさぐられ、中途半端に燻っていた熱がじわりと湧き上がって来る。
「……ふ、……ぁっ」
――じゃ、なくてっ! 流されちゃダメだろ俺っ!
うっかりまた流されてしまいそうになるのを、なんとか押しとどめ、真ちゃんの腕を服の中から引きずり出した。
「こんなところではシねぇからな! 誰のせいで俺が灰崎に襲われかけたと思ってんだよ!!」
「俺のせい、なのか?」
「当たり前だろ!? お前がロッカー室でサカったりするから灰崎に聞かれてたんだよ!」
そうだよ!元はといえば真ちゃんが全部悪いんじゃねぇか!
「フッ、高尾の喘ぎ声は大きいからな。仕方あるまい」
「仕方ないですませんな!!! とにかく! 緑間は暫く俺に触れるの禁止!!!」
「それは困るのだよ」
「困らねぇよ!」
即答されて、思わず深い溜息が洩れた。もしかしなくても、俺の受難はもう少し続きそうだ。



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