No title

長い石段を登りきると、狭い参道に屋台が連なるように並び等間隔に吊り下げられた提灯が煌々と辺りを照らしているのが見えた。
周囲は高揚したざわめきに満ちて、耳を澄ませば遠くの方で祭囃子が聞こえ、石畳を駆ける人々の軽やかな下駄の音色が空に響く。
両側の沿道には数多くの屋台が並び、涼しげな「氷」の文字の下には数人が列を作って並んでいるのが見て取れた。
香ばしい焼き鳥屋の煙に、味覚を刺激するソースの匂い。宵にも関わらず通りは賑やかで、行きかう人々はどれもみな楽しそうな表情を浮かべている。
「――全く、この人混みは一体どこから沸いて来るのだよ。鬱陶しい」
そんな光景を遠巻きに眺めながら、夏特有の蒸れた空気に緑間真太郎はうんざりと息を吐いた。
夏祭りなんて久しく来ていない。最後に来たのは中学校の時だっただろうか? 元々人混みはあまり好きではない方だし特に目を引く出店も無い。
おそらく、高尾が夏祭りに行きたいなどと言い出さなければ、緑間の浴衣姿が見たいなどと言い出さなければ今日ここに足を運ぶことなんてなかっただろう。
「真ちゃんは人混みとか好きじゃなさそうだもんな。俺は好きだけど。こういう賑やかなとこ」
「全く、ガキだなお前は……。小学生とレベルが一緒なのだよ」
「ぶっは! 何それひでー。つーか、真ちゃんが冷めすぎなんだよ」
けらけらと笑いながら、隣を並んで歩いていた高尾が屈託のない笑顔で見上げてくる。
「でもま、せっかく来たんだから楽しも―ぜ?」
「……っ」
紺色をした浴衣の合わせから覗く白い肌に思わず目が行ってしまい、湧き上がる劣情を誤魔化すように緑間は慌てて視線を逸らした。
そんな緑間の視線に気付いているのかいないのかは定かでないが、高尾はにひひっと笑うと緑間の腕を引いた。
「あ、ほらっあっちで金魚すくいやってる。行ってみようぜ真ちゃん」
「全く、仕方のないヤツだ」
仕方がないなと呟いて眼鏡を押し上げると、高尾がするりと指を絡めてきた。
「おいっ」
「大丈夫。こんだけ人がいれば目立たねぇよ」
ぱちんとウインクされて思わず面食らってしまった。まぁ確かにこれだけ人がいれば気付かれないかもしれない。
人混みなんてウザいだけだと思っていたが、今だけは感謝してやってもいいか。


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