No title

「――ありがとうございました」
会計を済ませ、晴れない気分で外に出た。
昔から病院の雰囲気はあまり好きになれない。いつ行っても人がいっぱいだわ、待ち時間は長いわ、そのくせ診察なんて超みじけーし。
鬱々としたあの空気なんとかならんもんかね?
頬を撫でる爽やかな風を感じ、柔らかく降り注いでいる太陽を見上げる。季節はすっかり進んで、淡いピンク色の蕾がちらほらと花を咲かせ始めているようだ。
「……はぁ」
家の近くの公園まで辿り着いたとき、俺は思わず溜息を洩らした。
視野が無駄に広いせいで、試合中極度に目を使う為か元々軽い近視持ちだったのが、色んな要因が重なって、どうやらそれを拗らせてしまったらしい。
視力が落ちてきたなとはっきり気が付いたのはウインターカップが終わってしばらくしてからの事。
練習が終わった後に目が痛くなることなんてしょっちゅうだったし、黒板の字が急に見えにくくなったなぁって思ってはいたんだけどまさかこれほどとは。
強度の近視。それが俺に付けられた病名。
たかが近視だと思って油断してたけど、目を酷使し過ぎると失明にも繋がるんだとか。
俺もそのうち真ちゃんみたいにメガネになんのかな? とか、そしたらおそろじゃん! おんなじ眼鏡買おうかなぁ。とか、結構単純に考えてたんだけど、俺の目は俺が思っていたよりずっと疲れてしまっていたようで。
『このままだと、視力が低下してほとんど失明に近い状態にもなり兼ねないよ』
今すぐにでも、バスケを辞めるべきだ。
医者は俺に、確かにそう言った。
たかが近視で失明? そんな馬鹿な。
だって、真ちゃんはド近眼だけど眼鏡はめて試合に出てるじゃん。
どんどん進んでいく視力の低下を防ぐためには一度バスケを辞めて、手術を受ける必要があるらしい。
俺には詳しいことはわからない。だけど目の神経を触る手術だから成功率は5分5分だって。
それってつまり、手術したって半分の確率で見えなくなるかもしれないって事だよな?
ついこの間まで、はっきりと見えてたのに……。
度の入ったコンタクトつけても景色がぼやけて見えるとか、どんだけだよ俺。
「ただいま〜」
重苦しい気分で玄関のドアを開けると、母さんがキッチンからパタパタと走ってくる音が聞こえてきた。
「和ちゃんおかえり。どうだった? 病院」
「ん? あぁ、大したことないってさ。やっぱちょっと近視が進んじまったみたいだけど心配ねぇよ」
ニッと笑い掛けると母さんがホッと胸を撫で下ろしたのが空気で伝わってくる。
「じゃぁ俺、宿題やんねぇといけないし。飯出来たら呼んでよ」
母さんの顔をまともに見ることが出来なくて、逃げるように自分の部屋へ駆け込んだ。
カバンを机に放り投げ、ベッドにダイブすると枕に顔を埋めて突っ伏する。
今、俺のカバンの中には手術の同意書が入っている。
……渡せるわけないだろ。こんなの。
近い将来、俺の目は見えなくなる。
そしたら、真ちゃんと一緒にバスケ出来ないじゃん。
バスケ出来ない俺なんて、きっと真ちゃんは側に置いてくれない。
つーか、真ちゃんの顔も見えなくなっちまうって事だろう?
真ちゃんの姿が見れなくなるなんてそんなの……嫌だ。
かといって手術を受ける勇気なんてないし。
「どうしたらいいんだよ、俺……」
ジワリと滲んできた涙を枕に擦り付け、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。
絶望的な気分だった。


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