No title
俺の目線の高さまで屈みこんだ真ちゃんの左手が、耳の後ろを擽るようにして撫でた。
「だから俺、お前に受け取って貰えねぇと思ってたから、チョコなんて準備してねぇって」
「別にチョコレートじゃなくても構わないのだよ」
「……ッ」
真っ直ぐに見つめられて急に心臓がドキドキしだす。
んだよソレ。さっきまでのツンは何処にいっちまったんだ?
「し、真ちゃん何言って……」
「言っただろう、オレは好きな奴からしかプレゼントは受け取らないと。なにもそれはチョコレートに限った事ではないのだよ」
「……」
「お前は普段からオレの事を好きだなんだと言っているクセに、本心を全く見せようとしない。安っぽい言葉や物などは要らん。オレは……お前が……お前の心が欲しいのだよ」
「――……」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。ゆっくりと頭に染み渡ってようやく理解出来た時にはドクン、と心臓が音を立てて……壊れるんじゃないかと思った。
「……は、あははははっ!」
「なっ!? 何が可笑しい!?」
「だ、だって真ちゃん、クサすぎっ! ぶ、わはははははっ」
まさか笑われるとは思っていなかったのだろう、面食らって目をコレでもかと言うほど見開いた真ちゃんの顔が、みるみるうちに不機嫌なそれへと変わっていく。
「……くっ」
改めて自分が言った言葉の恥ずかしさに気が付いたのか、その場から逃げ出そうとする真ちゃんの腕を笑いを収めて引っ掴んだ。
「離せっ!」
「あ〜、笑った笑った。すっげー笑ったから、喉乾いたわ」
真ちゃんの腕を掴んだまますっかり温くなったホットチョコを喉の奥に流し込む。
いくら飲みやすいと言ってもチョコはチョコ。口の中に広がる甘さは喉を潤してはくれない。
「……なぁ、真ちゃん」
「なんだ」
「今、キスしたら俺……きっとチョコの味するぜ?」
「……っ」
ごくりと喉を鳴らす音がした。
シャツを掴んで引き寄せて、触れるだけのキスをする。
「俺が……欲しいんだろ? やるよ、お前に心も、身体も全部」
言い終わるのと同時に、再び唇が重ねられた。
肩を押され、唇を触れ合わせたままソファに押し倒される。
唇に、柔らかく濡れた舌が触れ、薄く開いた隙間に熱い舌がすべり込んでくる。
歯の裏を舐められ、舌を絡め取られるとぞくりと妖しい痺れが背筋を駆けた。
「んっ、ふ……」
深く差し入れられた舌が、ぐるりと口内を舐める。その感触の心地よさに、うっとりと全身の力が抜けていく。
「――甘いな」
そっと真ちゃんが唇を離した瞬間、俺達を繋いでいた銀色の糸がふつりと切れた。
それをまともに見てしまい、一際激しく鼓動が跳ねる。
ほんの一瞬、真ちゃんが俺を見てふっと笑ったような気がした。
「チョコの味、しただろ?」
「……あぁ」
背中に腕を回しながら尋ねると、真ちゃんがはにかんだような笑みを浮かべながらまた唇にキスをしてくる。
真ちゃんは気付いて無かったかもしんねぇけど、俺の心なんてとっくの昔に――お前のモンだったんだぜ?
コレは俺もホワイトデーには盛大な人事を尽くさなきゃダメかな。
そんな事を考えながら、ゆったりと優しく舌を絡められて俺はほわほわとキスに夢中になった。