No title
「これって、もしかしてホットチョコ?」
「……ッ。今日は、バレンタインだからな」
別にお前の為に材料を用意したわけではないのだよ。とか、たまたま家にチョコレートが大量に置いてあったからだとか、よくわからない言い訳をし始めた真ちゃんは、ズレてもいない眼鏡のブリッジをせわしなく押し上げ俺から視線を逸らしてしまう。
俺、バカだ……。
真ちゃんの気持ちがわかんねぇってのもあったけど、受け取って貰えないのが怖くて、最初から渡す事すら諦めてた。
女の子泣かしちゃだめじゃんって思いながらも心の奥では、その娘が真ちゃんの好きな相手じゃなかった事に何処かホッとして、真ちゃんが好きなのは俺だったらいいのになんて願ってみたり。
でも、それを確かめる勇気もなくて、行動することから逃げて――。
笑って誤魔化して、自分の気持ちを伝えようとする努力すらしないで側に居たいとか……。
ダメすぎっしょ、俺。
「……ッ」
気が付いたら、目から溢れだした涙が頬を伝ってカップの中へと零れ落ちていた。
「な――っ!? どうした高尾っ!? 泣くほど不味かったのか?」
「……ちが、そうじゃなくて、ごめ……っ真ちゃんがこんだけ人事尽くしてくれたのに俺、なんも用意してなくて……」
「なんだ、そんな事か。気にする必要などないのだよ。ただオレがしてやりたいと思っただけなのだから」
ついっと顎を持ち上げられ、目尻に浮かんだ涙を長い指先が掬い取る。
視界の端にいつもは真っ白な筈のテーピングが少し茶色く汚れているのが見えて、余計に胸が熱くなった。
「そんな事じゃねぇよ。大事な事だろ……俺、男だからとか、拒否られたらどうしようとか、そんなくだらない事ばっか考えて……そんなんどうだっていいのに」
「だから気にするなと言っている。オレはお前に答えを求めてはいないのだよ。だが、お前がどうしてもオレの気持ちに応えたいと言うのなら受け取ってやらんでもないが」
諭すような口調で言いながら、俺の手からカップを奪い取り目の前に備え付けてあるローテーブルにコトリと置く。