No title
「なぁ、高尾」
「ん〜、どうしたんっすか?」
「今はこんなのも売ってるんだな……」
「こんなのって……ブハッ!」
伊月さんが手に持っていたのはおっぱいの形をリアルに再現したおっぱいチョコレート!
「お、おっぱ……ブフッ」
「結構いっぱい入ってるけど、誰が買うんだろうこんなもの」
難しい顔をして溜息を一つ吐き、ソレを棚に戻す伊月さん。
「あ、キタコレ!」
「ん? どーしたんすか」
「ボインは母音ではない!」
「ブホッ!!」
何がキタのかと思ったら、まさかのダジャレかよ。しかも超低レベルなのをドヤ顔で!!!
「Aカップのええカップル」
「あははっ! 意味わかんね、あははっスゲー、くだらねぇ〜!!」
もうダメだ、くだらな過ぎて笑える。
オレが爆笑してるのがよほど嬉しかったのか、手にハートのチョコを持ちながら相変わらずのドヤ顔で伊月さんのダジャレは続く。
「キットカットはきっと葛藤」
「のび太のビターチョコ」
「チョコの兆候」
「これチョコレート? ちょ、これ伊藤」
「あはっ、あはははっ! も、苦し〜伊月さん、マジ止めてっ、窒息する」
くだらない。マジでくだらないけど、笑い過ぎて腹筋が辛い。
「――たく、店の真ん中で大騒ぎしてんの誰かと思ったら伊月じゃねぇか」
「!」
オレが呼吸を整えていると、不意に誰かが後ろから声を掛けてきた。
その瞬間、伊月さんが持っていたチョコレートを後ろに隠すのをオレは見逃さない。
「日向、なんでココに?」
「たまたま通りかかったんだよ。したら、なんか人だかりが出来てるし誰かがゲラゲラ笑ってるしで……って、あれ、お前……」
ようやくオレの存在に気付いたのか、日向さんが驚いたように目を丸くする。
「ちーっす日向センパイ」
「お、おぅ。二人して何やってんだこんなところで」
眼鏡を押し上げ、不思議そうに尋ねてくる。その瞬間、伊月さんの頬が僅かに引き攣った。
あぁ、なるほどね。
なんっか、わかっちまった。
「あ、それは……ええっと」
「オレが真ちゃんに渡すチョコ探してたんっすけど、たまたま通りかかった伊月さんが一緒に探してくれるって言うんで、手伝ってもらってたんですよ」
「伊月が?」
そうなのか? と、尋ねられて伊月さんは戸惑いながらも静かに頷いた。
「いやーでも、面白かったっすわ。伊月さんのダジャレ。くだらな過ぎて」
「コイツまたダジャレ言ってやがったのか」
はぁっと日向さんが盛大なため息を吐く。
「もー、笑い過ぎて腹がちょー痛いんで出直してきます」
「えっ? もう、帰るのか? 高尾」
たくっ、この人は……。人がせっかく気を利かせて二人きりにしてやろうとしてんのに、空気読め!
「日向センパイの事好きなんですよね? だったら、この後二人でデートしかないっしょ。オレが居たらお邪魔じゃん?」
「べ、別に邪魔じゃないし……」
こそっと耳打ちしてやると、恥ずかしくなったのか伊月さんの顔がズブズブとマフラーの中に埋もれていく。
「ハハッ、じゃ、そういう事なんで」
「あっ、おい! なんだよ」
後ろで日向さんが何かぼやいていたけど、ソレを綺麗にスルーして人ごみを掻き分けると、頭一個分デカい緑色の髪を野次馬の中に発見した。
「なんだ、真ちゃん。居るなら声掛けてくれれば良かったのに」
「……フン。あんな目立つ場所で騒いでいる馬鹿と友達だと思われたくないのだよ」
「へいへい、そーっすか」
相変わらず真ちゃんはツレねぇ。
冷たく言い放つと眼鏡を押し上げさっさと何処かへいってしまおうとする。
「あっ! おいっ待てよ。なぁ、せっかくだしマジバ寄って行かね?」
「別に構わんのだよ」
「まぁ、そうツレない事言うなよ〜……って、ええっ!? いいのかよ!?」
てっきり、「行かないのだよ」って言葉を想像していたオレはマジでビビった。
「……小豆シェイクとやらが出たらしいからな」
その味を確かめる為だとか、なんだとか言いつつ眼鏡をクイッと押し上げる。
「ふはっ、マジで? 超ラッキー♪ 今日蠍座1位じゃね?」
「お前の蠍座は、今日は10位のハズだが」
「なんだそれ、微妙じゃん。ま、いっか」
好きな奴と二人でいられるなんて、こんな嬉しい事ねぇよ。
きっと伊月さんだって今頃はそう思ってる、よな?
「何をしているのだよ、行くぞ」
「おぅ!」
お互いに、忘れられないバレンタインになるといい。
真ちゃんの広い背中を追いかけながら、オレは心の中でそうなって欲しいと強く願った。