No title
「……全く、なんなのだよ」
高尾が走り去った後、緑間は眼鏡を押し上げ溜息を一つ吐いた。
「――なんなのだよじゃ、ねぇよこのアホっ!!!!」
次の瞬間、火神の強烈な蹴りが尻を直撃し、緑間の身体はぐらりと大きく前につんのめってしまう。
「何をするのだよ!?」
よろけた体勢をなんとか立て直し、蹴りを食らわせた本人を睨みつけると、火神は、滲んだ怒りを隠そうともせずに鬼の形相で緑間を睨み返して来た。握りしめた拳をわなわなと震わせ吐き捨てるように言った。
「前々から嫌な奴だとは思ってたけど、アレはねぇだろ!」
「どういう意味なのだよ?」
「んなっ!? とぼけんな! すっとぼけんのも大概に――!」
「待ってください! 火神君っ!」
胸倉を掴み、今にも殴りかかろうとしている火神を止めたのは黒子だった。
火神は、緑間と黒子を見比べチッと舌打ちすると乱暴に手を離し、自分が座っていた席に再びどっかりと腰を下ろした。
「……緑間君、何故高尾君が出て行ったのか本当にわからないんですか?」
「あぁ」
「はぁっ!? おまっ! どんだけ鈍いんだよ」
あり得ないだろ! と、抗議する火神の横で黒子はつぶらな瞳をさらに大きく見開き彼の深層心理を探るべくジッと深緑色した瞳を覗き込む。
彼を見る限り、嘘を吐いているようには見えなかった。
緑間と高尾の間に、大きな温度差があるように思う。
「高尾君が、君の事で悩んでいたのは知っていますか?」
「……そうなのか?」
「……マジかよ!? アイツの顔見りゃ一発じゃん。毎日一緒にいてわかんねぇとかどんだけだよ!」
火神が呆れた声を上げるのと、黒子が眉間に手を当てて首を振るのはほぼ同時だった。
あれだけナーバスな状態になっていたというのに、それに気づかないなんて信じられない。
「高尾は普段どうりだったのだよ。学校にいる時もへらへらと笑っていたし、相変わらず馬鹿な事を言っていたし……」
何も変わったところは無かったと、小さく息を吐いて眼鏡を押し上げる緑間の話を信じるなら、高尾はずっと彼に悟られないよう、不安な気持ちを隠し通して来たということになる。
毎日一緒にいて、不安な気持ちを相手に気付かせない。そんな芸当をやってのけるとは、凄いとしか言いようがない。
尤も、人の気持ちに鈍そうな緑間の事だから、彼の微妙な変化を見逃していたというセンも捨てきれないが。
黒子と火神は顔を見合わせ、報われない高尾を憂い可哀そうにと呟いた。
「高尾君、君の気持ちがわからないと、悩んでいたようですよ」
「あぁ。ありゃ相当キてたぜ……」
「……話を詳しく聞かせるのだよ」
緑間は神妙な顔つきになり、先ほど高尾が座っていた席に腰を下ろす。
「話してもいいですけど、バニラシェイク一つお願いします」
「俺、チーズバーが5個な!」
「なっ!? 何を言っているのだよっ」
「相談料です」
別に聞きたくないのならそれでも構いませんがと、黒子は表情の薄い顔で緑間に持ちかけた。
緑間はしばし逡巡した後、チッと小さく舌打ちをして、二人の条件を
むことにした。
「あ、相談料はもちろん先払いでな!」
「……チッ! げんきんな奴なのだよ!」
ニヒヒッと笑いながら早く持って来いと火神に顎で促され、緑間は唇を噛み締めた。だが、自分に必要な情報なら仕方がないと席を立った。