No title

結局その日は、緑間が体育館に戻ってくることは無かった。遅くまで残って待っていたけれど一向に来る気配もなく、気が付いた時には音楽室の電気も消えてしまっていた。

もしかしたら、噂の彼女と一緒に仲良くお手手繋いで帰ったのかもしれない。

そう思うと、気にしないと決めていても胸が痛む。

普通なら、たかが噂話如きでこんなに心が揺れることは無い。

緑間は不器用な男だ。だから、浮気なんて絶対に有り得ないし、ずっと自分だけを見てくれているものだと信じて疑わなかった。

だが、ここ最近の緑間を見ていると、何か後暗い事があるのではないかと疑う気持ちを抑えきれない。

緑間と噂の彼女について、聞きたくもないのに勝手に情報が入って来るし、当の緑間はそんな周囲の事など全く意に介さない様子で相変わらず音楽室へと出入りしている。

この間体育館で合唱部が全体練習をしているのをこっそり見ていたけれど、緑間のピアノは完璧だった。

鳥肌の立つような完璧な演奏に、いつも啀み合っている宮地ですら言葉を失うほど。

昼休みと放課後に自主練を削ってまで練習が必要だとは到底思えないレベルの高さに、音楽室へ通うのは別の理由があるからじゃないのかと高尾の不安は募るばかりだ。

今の高尾は、心の底から彼を信じる事が出来ないでいる。

緑間にとって自分は一体なんなんだろう?

答えの出ない質問を何度も繰り返しては、そんな自分にうんざりしてしまう。


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