No title
じわっと滲んだ涙を腕に擦りつけ、気持ちを落ち着かせる為に深呼吸を繰り返えしていると不意に後ろから声を掛けられた。
「――どうした高尾。今日は練習に身が入ってなかったようだが?」
振り向くと、後片付けを終えた大坪が、心配そうにこちらをジッと見つめている。
「何か悩みがあるなら相談に乗るぞ」
「大坪さん……」
ぽんと肩を叩かれ、促されるまま備え付けのベンチに座った。素肌に触れる木製のひやりとした感覚に一瞬眉を顰め小さく息を吐く。
「……本当は信じたいと思っている人を、信じられなくなった時ってどうしたらいいんっすかね」
膝を抱えて、そう切り出した高尾を見て、一瞬大坪は驚いたように目を見開いた。くだらないことで悩んでいるとでも思っていたのだろう。シンと静まり返った体育館内を見渡しながら、神妙な顔つきになる。
「……深いな」
「すんません」
「謝らなくていい。ただ、お前はどうしたいんだ?」
「俺、すか。出来れば、信じたい……です。でも……」
でもと呟いたその続きを見失って、高尾は視線を彷徨わせた。
本当は信じていたい。だけどやっぱり噂が頭をチラついて彼を信じきれないでいる。
「なんだ、もう答えは出ているじゃないか……」
「えっ?」
「今のお前は、自分の考えに自信が持てないだけだろ。何が高尾を悩ませているのかオレにはさっぱりわからんが、信じたいと想うその気持ちが大事なんじゃないのか?」
「!」
はっとして顔を上げた。すると同時に、悩んでいるのはらしくないぞ。とオデコを軽く小突かれる。
つつかれたオデコを手で擦りながら、モヤモヤとしていた気持ちが少し軽くなったような気がして、口元に僅かに笑みが浮かんだ。
「――っ。ありがとうございます。キャプテン! 俺、信じたいって思う自分の気持ちを信じてみることにします!」
まだ自分の目で噂の彼女と一緒にいる所をみたわけではない。
不安が全て解消したわけではないけれど、それでも少し気が楽になった気がする。
この目で実際に見るまでは信じないと心に決めて高尾は立ち上がった。
「よし、それでいい。さ、たまにはお前も早く帰ったらどうだ?」
「いえ。俺はもう少し残って練習します。後締めはしておくんで、大坪さんは帰っていいっすよ」
さっき練習に身が入っていなかった分、まだ動き足りない。それに、もしかしたら緑間がまた戻ってくるかもしれない。
大坪から手渡された体育館のキーをポケットに突っ込み、そんな淡い期待を抱いている自分自身に苦笑した。