No title

「なんだ、高尾知らなかったのか。結構有名な話だぜ」

驚愕する高尾の横で、「オレも聞いたことある!」なんて声が上がる。

「長い黒髪のいかにも真面目そうな3年の娘だろ? 眼鏡はめてる」

「相手は合唱部の部長らしいぜ。すげー美人って噂の」

「うち、姉ちゃんが合唱部にいるんだけど、緑間のピアノ相当凄いらしくて。練習する必要全然ないって言ってたぜ」

「マジで!? じゃぁ、昼休みに練習するのは理由付けて二人で密会する為かよ!?」

「あたし知ってる〜! この間、放課後音楽室の横を通った時二人がピアノの横で仲よく手を繋いで見つめ合ってるの見た」

緑間の噂で盛り上がっていると、話好きの女子が加わって、話がさらに大きく膨らんでいく。

それを黙って聞いているうちに、変な汗が出てきた。

今の会話を聞いている限り、噂の彼女が自分ではない事は確かだ。

いつもなら、緑間に彼女とか有り得ないと笑い飛ばしていられるのだが、クラスメート達から寄せられる情報があまりにもリアルすぎて全てを否定することが出来ない。

部活が終わったあとも緑間が音楽室に行くというので、きっとピアノでも人事を尽くしているのだろうと勝手に思い込んでいたけれど実は違うのだろうか?

そう言えばつい先日、一緒について行ってもいいか? と、訊ねたら怖い顔でダメだと断られたことを思い出した。

どういう事だ? 噂が本当なら自分たちの関係は一体なんなのだろう。

あの緑間に二股をかけるような器用な真似が出来るとは考えにくい。

考えがまとまらず呆然とする。

その時、高尾の視界に廊下を歩いてくる深緑色の髪が映った。

ガラリと扉が開かれると同時に、それまで盛り上がっていた室内は水を打ったように静まり返る。

「……お帰り。練習、してきたのかよ」

「あぁ」

緑間は多くを語らない。ツカツカと高尾の横を通り過ぎると、何事も無かったかのように席に着く。

いつもの高尾なら、ここで「真ちゃんに彼女がいるって噂が出てるらしいぜ」と冗談めかして笑いながら話題を振って真相を解明するところだが、唇は僅かに震えただけで声にはならなかった。

もし、事実なのか? と訊ねてYESと、言われた場合の心の準備が出来ていない。

恋人は自分だろう? きっと噂は何かの間違いだ。そう、思いたかった。

けれど、事実を確かめる勇気が今は出ない。

お腹がすいていた筈なのに、食欲は何処かへ消え失せてしまった。

高尾は誰にも気づかれないように短く溜息を吐くと、まだ中身の多く詰まった弁当の蓋をそっと閉じた。


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