No title
シュッと空を切る音がしてボールが天井高く舞い上がる。綺麗な放物線を描いて飛んでいったソレは、珍しく縁に当たり鈍い音を立ててリングの外に落ちてしまう。
(――やっぱここにいたな)
ハァハァと息を切らせて館内を覗き込むと、緑間は一人黙々とリングに向かってボールを投げていた。
見慣れた光景だが、いつもと違うところが一つ。
いくら打ってもシュートが入らない。リングにかすりはするものの、横にすとんと落ちてしまう。
(……かなり動揺してんな。これはこれで面白れぇ)
緑間がシュートを外す姿など滅多に見られるもんじゃない。一体何時まで続くのかとこのまま見続けたい気もするが、昼休みは限られているためそうも言っていられない。
「しーんちゃん。見ぃつけた!」
「!」
声を掛けると、緑間の肩が盛大に跳ねた。大きな背中を丸くして項垂れる姿が可笑しくて噴き出してしまいそうになりながらゆっくりと近づく。
「たく、いきなり逃げるとか最悪だろ。俺、超恥ずかしかったんだからな」
「……」
「でもまぁ、元はといえば俺が変な事言ったのが悪かったんだし……ごめん」
思えば自分が心にもないことを言ってしまった事がすべての原因だ。なにも本気で女の子と付き合おうなんて思っていたわけではない。最近あまりにも緑間の態度が冷たいので、どういう反応をするのか試してみたくなっただけなのだ。
いつも思いを伝えるのは自分の方で、それにきちんと応えてくれているのか彼の本心がわからなくて正直不安だった。彼女にしつこく言い寄られて女の子と付き合って見るのもアリじゃないか? そう思った事も嘘じゃない。
でも、緑間のことが嫌いになったわけでも、別れたいと考えていたわけでも無かった。
確かに性欲処理発言は少し言い過ぎたかと思ったが、まさかあそこまで怒るとは予想してなくて今更になって可笑しさが込み上げて来る。
「ほんと、ごめん……」
コツンと緑間の背中に頭をつけてもう一度謝罪の言葉を口にする。
「……そうだ! お前が悪いのだよ!」
緑間は俯いたままポツリとそう呟いた。
「え〜、そこはオレも悪かったっつって仲直りするところだろ?」
「お前のせいなのだよ高尾。お前があんな事言うから言わなくていい事までベラベラと……」
「まぁ確かに。クラス中に俺らの中暴露してくれちゃったわけだし? もう少し周りの空気読んだほうが良かったかもな」
「……ああああ、オレはなんて事を!」
「……」
(真ちゃんが……自己嫌悪に陥っている……!)
よくよく見てみれば、耳たぶどころか首まで真っ赤だ。茹で蛸よろしく今にも頭の先から湯気が出てきそうな勢いで頭を抱える彼の姿はそうそうお目にかかれるものじゃない。
(やっべ、可愛い……真ちゃん、ヤベェ……!)
笑っちゃいけない。今笑ってしまったら、きっと彼はさらにへそを曲げてしまう。そうなってしまったら仲直りのチャンスを潰してしまうことになりかねない。
「まぁ、今更だって。言っちまったもんはしゃーねし、もうクラス中に知れ渡ったんだから堂々としてようぜ!」
「オレはお前ほど神経が図太く出来ていないのだよ!」
「ひっでーの。つか、終わったこといつまでも悩んだって仕方ねぇだろ? 俺だって恥ずかしかったんだからお互い様」
丸くなった背中をぽんぽんと叩き、励ましてみるもののどうも反応が芳しくない。
「……真ちゃんはそんなに嫌、なのか?」
「なに!?」
「俺との仲がみんなに知れ渡るの……そんなに嫌だった?」
フッと高尾の瞳に影が差した。
高尾からしてみれば、知られなくてもいい二人の秘め事を散々暴露された挙句に、逃げ出してしまった彼の尻拭いまでして。
本当は泣きたいのはこっちの方だ。恥ずかしいし、この先どうしようなんて柄にもなく不安を感じてたりもする。
それでも原因を作ったのは自分だからと先に謝ったのに。
自分まで暗くなったら雰囲気が余計に悪くなってしまうから、笑えない状況でも無理に笑顔を作って頑張ってきたけど、これでは自分が馬鹿みたいじゃないか。