No title

「……真ちゃん、まだ怒ってんのかよ」

翌日の昼休み、何処か別の場所で昼食を食べようかと席を立った緑間に高尾が声を掛けて来た。

実は今日コレが高尾とのファーストコンタクトになる。

朝になったら普通に話が出来るかと思って学校に来てみたら、高尾の周囲にはクラスメイト達が複数人集まって楽しそうに談笑していた。

いつもと変らない光景な筈なのに、高尾が笑いかけている相手が自分じゃないことに言いようのない苛立ちを感じ、そのまま話をするタイミングが掴めないまま現在に至る。

流石の高尾もこのままではマズイと思ったのだろう。くいと袖を引かれ仕方なく自分の席に座り直した。

「いい加減機嫌なおせって」

「なんの話だ」

「とぼけんなって、顔すげーよ?」

「怒ってないのだよ」

覗き込まれそうになって、思わず顔を背けてしまった。

眼鏡のブリッジを押上げフンと鼻を鳴らす。

「お前は最近随分とモテているようだな。だが、ハードルが低そうに見えて未だかつて誰もいい返事を貰ったことがないと、風の噂で聞いたのだよ」

「……そりゃそーだろ。でも……、真ちゃんがそんな態度取るなら俺昨日の彼女と付き合おうかな」

「――なにっ!?」

つるんと飛び出した驚愕の声に、クラスの視線が集中する。

「真ちゃん声でけぇよ。つか、さ……彼女この間から何回も俺にモーションかけて来てしつけーのなんのって。でもまぁ、結構可愛かったし……俺も男だしさ、女の子と付き合ってみるのも悪くないかと思ったわけだわ」

「……っ」

コイツは、一体何を言っているんだ?

いつものように笑っている顔からは冗談なのか本気なのか判別が付けられない。

「俺がどんだけ真ちゃんのこと好きだっつっても、真ちゃんからはなんも言ってくれねぇし? 最近の真ちゃんチョー冷たいしさぁ。俺、なんかこの関係疲れたんだよ」

ふぅっと高尾が憂いを帯びたような溜息を吐いた。

そんな彼を見ているうちに顔が強張り、変な汗が出てきた。

どうしてそんな話になってしまうのか、理解に苦しむ。

「想い続けるってさ、結構骨が折れるんだぜ? 思うより思われる方が何十倍も楽だって気付いた」

「――っ」

目を伏せて、静かに語る高尾の表情にいつものような笑顔はない。試合の時に見せる鋭い顔付きとも違う。

高尾のこんな顔初めて見たかもしれない。熱くなっていた頭の芯がスッと冷えていく。

そんなつもりじゃなかった。自分の感情を上手く表すことが出来なくて、ただ意地を張ってしまっただけだ。

自分の態度がこんなにも高尾を悩ませていたなんて知らなかった。

高尾がもし、誰か知らない女と付き合う事になったら、自分は一体どうなってしまうのだろう?

今まで、何かを失って怖いと感じる事など一度も無かった。でも今、もしかしたら自分から離れて行ってしまうかもしれないと言う事実に怯えてしまっている自分がいる。

来るもの拒まず去る者追わずで生きてきた筈なのに、高尾が自分の傍から離れて行ってしまうのが恐ろしい。

何か言わなくてはいけない。謝罪でも言い訳でもいい。そうしないと二人の間を流れる気まずい沈黙に飲み込まれてしまいそうだ。

それなのに、突然の事に頭がついていかずなんの言葉も出てこない。

「……俺なんて、どうせ真ちゃんにとっては性欲処理くらいなもんなんだろ? ま、別にそれでも良かったんだけどな〜」

自嘲めいた呟きが、耳に響きハッとして高尾をみつめる。

信じられない一言だった。

今まで自分の事をそんな風に見ていたのか。身体の関係を持ったのは、ただ快楽を得るため。最初からそこに愛情など存在しておらず自分の欲求を満たすためだけに抱いていたと、本気で思っていたのか。高尾にとって自分はその程度の軽い男で、だから、他の女と付き合うなんて突拍子もないことを言い出すのか。だから自分から離れようとするのか。だから……!

腹の底から沸々と怒りが湧いてきて、拳をギュッと握り締めた。

先ほどの焦りと恐怖と怒りが入り混じって頭の中が真っ白になっってゆく。


[prev next]

[bkm] [表紙]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -