No title
結局、高尾が戻ってきたのはそれから三〇分も経った後だった。
「女の子に呼び出しくらっちゃって〜」
と、明るく笑いながら言い放ち、遅れた罰として外周を走らされた挙句にいつものメニュー二倍等のペナルティを課せられた高尾は、言い訳をすることなく黙々と言われたメニューをこなしていった。
何故、もっと早く戻って来なかったのか? 彼女たちと三〇分も一体何を話していたのか。
そもそもなんの用事だったのか。気になることは山ほどあった。だが、聞けばからかわれるのが目に見えてわかっていたので、喉元まで出かかっていた言葉をグッと呑み込んだ。
「あ〜、マジで今日は死ぬかと思った」
「それはお前が女の子と遊んで遅刻なんかするからだろ?」
部活の帰り道、みんなでコンビニに立ち寄ってアイスを買った。本当は残って自主練習がしたかったのだが、たまには早く帰れと大坪に叱られてしまいチームメイトと共に帰宅する事に。
高尾は約束どおり宮地にアイスを奢ってもらい満面の笑みを浮かべている。
「真ちゃんは何買った?」
「あずきバーなのだよ」
「ぶはっマジで? どんだけあずき好きなんだよ!」
けらけらと楽しそうに笑う高尾にいつもと変わった様子はない。
「それにしても、お前ほんとモテんのな。俺の方がカッコイイのになんで高尾なんだよ」
「そりゃお前、宮地がアイドルオタクだからだろ。いくらカッコよくても、アイドルオタクはねぇな」
「なっっ!? 木村ぁ、アイドル馬鹿にしたらいくらお前でも許さねぇよ?」
ニコニコ笑いながら頬を引きつらせる宮地に凄まれ、木村はハハッと乾いた笑いを洩らす。
「じ、冗談だよ、冗談。つーか、高尾はこないだもロッカーに手紙が入ってなかったか?」
「あ〜、あったなそういや。メールアドレスに、ケー番付きのやつ」
「うわっ! ちょっ、宮地さん、その話はもういいっしょ!?」
「いいや、よくねぇよ。羨ましすぎんだろ!」
「他にも、メールで告られた事もあるって噂だぜ」
「ああ、もうっ! マジ勘弁してくださいって」
やんややんやと囃子立てる先輩二人を諌めようとする高尾は本気で焦った顔をしている。
それもそのはず。高尾がメールで告白された話など緑間は一切知らされていないのだ。
自分より、宮地と木村の方が高尾の事をよく知っていると言う事実に激しい憤りを感じる。
「緑間も羨ましいと思うだろ?」
「別に。興味ないです」
「……」
冷たく言ってやると、高尾の肩が小さく震えた。そんな変化など微塵も気が付かない二人は「興味ないとか信じられない」「ありえねー」などと口々に驚愕の声を上げる。
別に高尾がどんな手紙を貰おうと興味は無い。ただ、メールで告白されたなどと言う情報を自分が知らなかったという事が不快だった。
自分たちは曲がりなりにも付き合っている間柄の筈だ。なのに何故黙っていた?
無意識のうちに指先に力が篭りアイスの棒がミシリと軋んだ音を立てる。
一刻も早くこの場から立ち去りたいと思った。
そうしないと、自分の感情をコントロールできなくなってしまいそうで、唇をグッと噛み締めた。
「すみません、オレ家こっちなので……」
「あ、おいっ真ちゃん? おまえの家、そっちじゃ――」
「着いてくるな!」
「……っ」
いつになく硬い声が響いた。今はとにかく一人になりたい。
自分の中で処理しきれない感情が胸の内でぐるぐると渦巻いて息が詰まる。
呆然と立ち尽くした高尾を振り返る事なく、挨拶もそこそこに緑間はその場を後にした。