No title
「真ちゃん? どこ行くんだよ」
「顔を洗ってくるだけだ」
少し気分を落ち着けないと練習どころの話じゃなくなってしまう。
こんな状態でシュートを打ってもいいシュートなど打てるはずがない。
足早に体育館を出るとその入口に数人の女子が佇んでいるのが見えた。
誰かの応援だろうか? ギャラリーがいるのはいつもの事だ。
「ちょっと待てよもうすぐ始まるって!……っと」
「――あの、高尾君。ちょっと……いい?」
気にせず横を通り過ぎようとしたのだが、彼女達が待っていたのが高尾だとわかり無意識のうちに足を止めてしまった。
緑間を追いかけようとついてきていた高尾自身も驚いて目を丸くしている。
「少しだけ、話がしたいんだけど」
「え、っと。それ、今じゃなきゃダメなわけ?」
女の子達に「すぐ済むから」と腕を引かれ、チラリとこちらを見る。
その表情は困惑しているようで、緑間は静かに眼鏡の位置を整えた。
「すぐ済むのなら行ってやればいいのだよ」
「でも真ちゃん……」
「なんだ?」
「いや、……なんでもねぇ」
高尾は一旦目を伏せ、小さく息を吐くと緑間の腰を軽く叩いた。
「じゃぁ、ちょっと行ってくるわ。真ちゃんも早く顔洗って来ないと大坪さんにどやされるぜ」
「……あぁ」
ニッと笑いかけられて小さな溜息が洩れた。
(高尾は、男子にも女子にもモテるのだな……)
ジャバジャバと流れる水道の水を眺め深く息を吐く。
さっきの彼女達は最近よく見掛ける娘達だった。
熱心に部活の様子を眺めているとは思っていたが、まさか高尾が目的だったとは。
女性にあまり興味が沸かない緑間でも彼女達が平均より若干可愛い部類に入っている事は理解出来る。
その彼女たちが高尾に一体なんの用があるというのだろう?
頭を冷やして気持ちを切り替えるためにここまで来たのに、高尾が彼女たちと何の話をしに行ったのか気が気じゃない。
「おい、緑間。お前何やってんだ! もう始まるぞ!」
「……すみません。今、行きます」
呼びに来てくれた木村の声で反射的に顔を上げ、慌てて水道の蛇口を締める。
恐らく体育館の裏に居るであろう高尾の姿を目で探したが分かる訳もなく、眼鏡を押上げると急いで体育館へと戻った。