そういう心地 最近私の研究所を出入りする者がいる。 「うわ、相変わらずかび臭いですねー。ミーが来るのわかってるのにどうして掃除しないんですかー?」 「うるさい、別に貴様が来ようとこまいとここは変わらん。私は忙しい。さっさと消えろ」 「酷いですねー。別に消えてもいいですけどー」 そういって幻覚を使い下半身を消して見せる。 私が言った意味はそうでないことは理解しているだろうに。 虹の戦争で手を組んだことが楽しかったのか、フランはよく私の研究所に顔を出すようになった。 あれ以降、呪いが解けて私の身体はゆっくり成長し元の姿になった。 だが、かっこいい私の姿に恐れをなすか尊敬のまなざしを向けてくるかと思えば、ヴェル公などと呼ばれる筋合いもないのに、こいつは進んで呼び続けた。 「で、今日は何の実験を?」 「リボーンに頼まれた調合だ。私は機械専門だと何度言ったらわかるのか」 「へー。ヴェル公はそんなこともやるんですねー」 感心しているのか興味ないのか適当にコメントをしながら私の手元を見ていた。 リボーンに頼まれたものは媚薬だった。 仕置きするときに使いたいといっていたが、あれは気に入ったら定期的に使う顔をしていた。 そのため、依存性の少ないように薬を選んでいく。 リボーンからの注文は即効性のあるもの、だったから薬が効きやすいように液体にするべきか…。 水を混ぜて溶かすが、その行動にもじっくりと観察してくるフランが目に入った。 「興味あるのか?」 「ないですけどー?むしろ、ヴェル公がなにしてようが、ミーには関係ないですからー」 まったく興味ない顔をしていうカエルにいらっときた。 こいつといるときはほぼいらっとするのだが、ちょうどいい実験台になると思ったのだ。 「関係なくとも、私を楽しませる材料にはなるだろうな?」 「は?」 フランの手を取り、机に引き倒した。 頭上で押さえつけ、私はフランが動かないように身体で押さえつける。 「悪く思うな、これは誰かが試さなければならない」 「っ…」 おびえた目が見えて、一瞬だけためらった。 が、そんなもの覚えるなどおかしい。 薬を与えようとスポイトで吸い取り口へと運ぶ。 「安心しろ、味に保証はないが痛みを与えるようなものではない」 「ミーは、味見しろと普通に言ってくれたらしますよー」 目の前にいきなり霧が現れたと思ったら、私の後ろから声が聞こえた。 「幻覚か…」 「そういう卑怯なのは、好きじゃないですー」 「フンッ、貴様の方がよっぽど卑怯じゃないか」 「不可抗力、ですよー」 べーっと舌を出して、私から離れていくフランにはもう興味はないはずなのに、少しばかり残念に思っている私はなんだというのだ。 「こんな根暗なところにいるのは疲れます。では、ミーはこれで」 かわいく子首をかしげながら部屋を出ていくフランに、私ははぁ、と長いため息を吐いた。 おかしい、いま期待したのはなんでだ…。 最近あれほど入り浸っていたフランが私の研究所に顔を出さなくなった。 もちろん、きっかけはこの前のお遊びのあれだということはわかっている。 が、フランが顔を見せなくなって二週間が経過していた。 研究に没頭すれば時間なぞ忘れてしまう私がここまで覚えていることも相当稀だ。 「チッ…」 面倒をかけさせると私はビーカーを置いて立ち上がった。 別にあいつが好きだとかいうわけではないが…わけではないが。 一方的に無視をされ続けるのが納得いかない。 そう、それだけだ他に理由なんてない。 「おい骸、フランは見なかったか」 「博士、あなたまでそんなに急いでどうしたんです?」 「なんでもない、フランはどこだ」 「そんなこと言われましても、フランはここにはいません」 ボンゴレへと足を運んだのに骸から言われた言葉はこんな適当な一言だ。 「何か知っているだろう」 「知りませんよ。僕より、ヴァリアーの方が早いのでは?あそこは、あの子の二つ目の住処といってもいいほどの場所ですから」 骸から言われて考える。 確かに、フランはヴァリアーにも属しているが…。 「隠してないだろうな?」 「さぁ、フランの方が才能が有りますからね。本気を出したら僕でもわからないかもしれない」 骸の言葉に舌打ちをして、ヴァリアーの方へいこうとドアに手をかけた。 「ヴェルデ博士がそこまで必死になる理由はどこにありますか?」 「知るわけがなかろう」 「ほう?」 「それを知るためにあいつと話をすることにしてるのだ」 苛立ちのままにドアをあけると私はヴァリアーの方へと向かうことにした。 いつになったら、帰ってくる気なのだろうか、あのカエルは。 「…いきましたよ、フラン」 「師匠…気づいてたんですか」 「当たり前じゃないですか、僕がお前の気を分からないとでも思ってるんですか?」 フンッと鼻を鳴らすわが師に顔が引きつるのを止められなかった。 才能があるといわれ続けて訓練を積んでいるにもかかわらず、いつまでも届くことはない。 しかたなく、机の下に隠していた身体を出した。 「ヴェルデ博士と何があったとは、聞かないことにしますが…いい加減あってあげたらどうです?あんな必死な顔、初めて見ましたよ」 「…考えておきますー」 こっちだって、あんな声初めて聴きましたよ、と思いながら仕方なくうなずいた。 案外自分があそこに近づくのを恐れていて、戸惑っているのだ。 距離の取り方があからさますぎたみたいだ。 もう、腹をくくるしかないがどうにも難しい。 「師匠…」 「はい?」 「ミーが師匠以上に好きな人ができた場合寂しがりませんー?」 「別に寂しくなんてありませんが?」 「師匠は泣いちゃうかもー」 「泣きません。いい加減、認めなさい」 ぽんと師匠はカエルに手を当ててくる。 それに、と続いた言葉に段々顔が引きつった。 「ミーはすぐにでも消えさせてもらいますー」 「いいですが、賢い博士ならすぐに帰ってきますよ。観念しなさい」 言いながらも引き留めるつもりはないのか見送ってくる。 とりあえず、逃げなくては。 姿を消し部屋をでると、屋敷の奥へと紛れ込んだ。 『あなたまでそんなに急いで…』 師匠は確かにそういった。 まるで、もう一人を知っているかのような口振りで。 ネタバラしをする師匠はどこか楽しげで…でも、冗談じゃなかった。 誰も後を追いかけてきていないなと振り返った時だった、いきなりの衝撃に尻餅をつく。 「痛いじゃないですかー…って」 「フラン、どうしてここに?」 「げ」 そこには髑髏がいて、顔をひきつらせる。 ヴェルデに悟られないよう師匠以外には内緒できていたのだ。 まずい、このままボンゴレにいることが耳に入ればすぐにでも見つかってしまう。 逃げようと立ち上がりかけた瞬間腕を掴まれてしまった。 「離してください、ミーは帰るんですから」 「なら、私が入り口まで案内する」 「一人で…」 「ようやく見つけたぞ、フラン」 早く逃げないと、と無理やり手を振り払おうとしたとき背中から聞きたくない声が、聞こえた。 振り返りたくなくて冷や汗を流していると肩を掴まれついでとばかりに腹にも回って拘束されてしまった。 こうなっては逃げることもできない。 「観念なさい、フラン」 「ししょー」 「博士、煮るなり焼くなり好きにどうぞ」 「骸、騙したことは忘れないぞ。まぁ、それはまた今度にしよう」 今は立て込んでるんでな、と師匠に言うが、師匠は欠伸を一つしてこちらの視線などお構いなしに髑髏を連れて行ってしまった。 そして、歩き出す男にむっすりと頬を膨らます。 「いつもは、研究所から出ることなんかないじゃないですかー」 「ふん、私とてボンゴレに出向くことはある」 重いと言って捨ててくれたらどれだけ楽だろう。 こちらのことには文句一つ言うことなく歩く足取りもしっかりしている。 小さかった頃に比べれば随分とオヤジが増して、背も遥かに高い。 こっちだって成長期には背を伸ばしたのにカエルの被り物をしてもかなわないとはどういうことだろうか。 「チッ、ヴェル公のくせに」 「暴れないんだな」 「だって、暴れたところで離す気ないじゃないですかー」 それぐらいわかると拗ねた声を出せばクスリと笑った。 どうせ不遜な顔をしているのだ。 なんだか、最近逃げ回っていたのが嘘のように自分の気持ちも凪いでいる。 落ち着かないと思ったから逃げたのに、捕まってみるとそうでもない。 「なんだか、ミーは疲れましたー」 「おい、自分で歩け」 「ヴェル公が勝手に運んでるんじゃないですかー、離したら逃げますよー?」 別にもう逃げる気もないのだがあえてその言葉を選んでいた。 すると一層自分を拘束する腕に力が籠もって、それが心地いい。 ちょっと前まで感じていた感覚だと妙に楽しくなりながら、ゆらゆらと揺れる腕の中に身を委ねていた。 END |