イタリアに来てから一週間、俺たちはその日常を知るために自由行動をさせられた。
そして、そのあとに待ち構えていたのは俺たちにあてられた仕事だ。
「して、綱吉くんはここの空気に慣れたかな?」
「はい、大体は…でも、日本人の俺からしたらすごくここは壁がなくて驚きました」
「だろうな、みんな平和にやっているから穏やかだ、時々外に出て楽しむのもいいぞ」
にこにこと笑って話してくるこの人は九代目。
他のみんなのところには、各守護者があてがわれている。
ボスの仕事を学ぶと同時に新たなネオボンゴレを設立するためにいろんな業務をしなければならない。
みんなと顔を合わせていたのは最初の一週間の間だけで、こうしてついてもらっている間は全く顔を合わせることはない。
それぞれ学ぶことはあるのだろう。
「わしも若いころは、いろんなところに遊びに出らものだ」
「へぇ」
「おっと手を止めてしまったね、続けて」
「はい」
俺がしているのは書類の書き方だ。
これは初歩中の初歩だからだ、と教えてもらっている。
書き方を間違えれば困るのは俺の方だし、しっかりと聞いていたのだがなぜか九代目の話はすぐに横にそれる。
本題から離れて、止まっている手を促されるのはかれこれ三回目だ。
二人きりは最初こそ緊張したものの、こうして和やかな雰囲気で教えてくれるのでつい、気持ちが緩んでしまう。
これも九代目の持つ独特な雰囲気のせいだろうか。
眠くはならないが、のほほんとしてしまうのだ。
「綱吉くんはがっかりしただろう?」
「え?」
「あれだけ体力をつけて、ここですることは事務処理ばかりだ」
「いや、そういうわけでは」
「私はね、これでいいと思っているよ。もし武器を持つことになれば、それは抗争の合図だ。誰も失わない戦いなんて存在しないのだよ」
「九代目…」
「いいかい、綱吉くん。君の持つ力は無駄に振り回すものではない。力を誇示するためのものでも、押し付けるためでもない…もしものときに、みんなを守れる力。そう思っていなさい」
肩に手を置かれて、俺はこくりと頷いた。
九代目の考えは俺に近かった。
争わず、解決できるのならできるだけ穏便に。
それは逃げではなく、誰も失わないための選択肢。
「ただ、ここまで来るのには苦労した。それを君に、引き継がせてしまうのは気が引ける。本当に、ありがとう」
「そんな、俺は…自分で選んでここに来たんです。自分で、ここにきたんです」
強引だと、理不尽だと思ったのは最初だけ。
結局、リボーンは無理強いしていないしこうなれと選んだのは俺だ。
自分で責任を持ち、選んだ。
だから、もうボスになる自分を否定したりしない。
「いい表情だね。教え甲斐がある」
次はこっちだ、と示された書類を出して俺はそこに書きだしていく。
リボーンはといえば、ここに来てから任務に就かされている。
毎日のように駆り出されているらしく、俺たちは滅多に会うことがない。
顔を合わせない日もあって、さみしく思うがこれも仕方ないことかと自分に言い聞かせた。
俺たちの関係は、こっちに来てから言っていない。
それは、リボーンが言ったことだった。
飛行機の中、リボーンは真剣な顔をして、俺たちの関係は絶対に知られてはいけないと話した。
『なんで?』
『なんででもだ、いいから従え。これだけは、何があってもいうんじゃねぇぞ』
わかったな、と念押しされて、俺は頷いた。
納得してはいないが、男同士の関係はやすやすと口にはできない。
新たな場所に来て、軽蔑されたりしたくない。
世界的にそういう隔たりはなくなってきているとはいえ、イタリアはまだその法律がない状態だ。
下手に口にしない方がいいとリボーンの言葉に賛成していた。
ばれないかな、と心配したがこうもあうことがなければそんな噂も立たない。
幸か不幸か、うまく隠せているというわけである。
それにしても、どうしてリボーンがあんなにもかたくなに否定していたのかわからないままだ。
こっちに愛人でも疑ってみたが、リボーンは本当に任務に行って帰ってきているだけだ。
とても疲れた表情をしているから、あまり話してもないがこうも話せない状況が続くともどかしくなってくる。
「今日はここらへんにしようか」
「はい、ありがとうございました」
「日常的にやるようになると、毎日のように追われるようになるからね。今のうちはきっちりとした時間に夕食を食べるとしようか」
九代目に促されるようにして食堂に向かえば、ほかの守護者も同じように集まっていた。
みんなは少なからず疲れた表情をしていて、慣れない環境に必死について行こうとしているのは同じかと、何となく安心した。
俺だけじゃないとわかればそれだけで、安心する。
「綱吉さん、大丈夫ですか」
「うん、大丈夫だけど…隼人こそ、すごく疲れた顔してるよ?」
「俺は、大丈夫っす。これぐらいなれたもんで」
地元に帰ってきたようなものですよ、と笑う隼人にそれならいいけど、と追及するのをやめた。
俺が連れてきてしまったようなものだから、頑張っている彼らに無理をしなくていいというのはやはり少し違う気がする。
「それにしても、リボーンさん…顔だしませんねぇ」
「…うん、大変なんだろうな」
俺たちがこうして九代目たちの手を止めてしまっている以上、手が回らないところをリボーンは助けてくれているのだと教えてくれた。
だから、俺たちは一刻も早くしごとを覚えなければならない。
夕食を済ませて、シャワーを浴びたころ、ノックの音に俺は顔を上げた。
「少しいいかね?」
「はい、大丈夫です」
聞こえたのは九代目の声。
俺は返事して、ドアを開けた。
そこには、昼間のスーツ姿じゃなくもう寝る姿で九代目はたっていた。
中へと招くと、ソファへと座り、俺をじっと見つめてくる。
なんだろうと首を傾げれば、九代目は目を伏せた。
「君は、リボーンと付き合っているのかな?」
「えっ…あ、の…」
「唐突にすまない。ただ、見ている限り、二人は家庭教師と生徒としてではなく、別の絆でつながっているのでは…思ってね」
いきなり確信を突かれてしまい、どう返事をすればいいかわからず視線をさまよわせた。
助けを求めようにもリボーンはいない。
無理やり聞かれているわけではないが、九代目の瞳には有無を言わさぬ輝きが秘められていて、俺は隠せそうにないと仕方なく口を開いた。
「…はい」
「そうか、正直に教えてくれてありがとう。ボスになるのなら、二世も必要だろうと思ったのだが、それなら仕方ない」
「無理やり世継ぎを作れ、とは言わないんですね」
「それはエゴというものだろう。それにそれは、君が決めればいい」
もうボンゴレは私の手から離れたようなものだと話す九代目に賭ける言葉が見つからない。
悲しいのだろうか…それとも、嬉しいのか…。
「リボーンが身を固めたか…」
「あの、何も言わないんですか?」
「ん?なにをだね?」
「男同士だし…何より教師と生徒で…」
「まぁ、あいつを動かすちょうどいい材料にはなるな。けれど、君たちにそれを説いたところでどうなる?君たちは、君達なりの形を見つければいい」
ちょうどよく嵌まる、その形を、と言われて九代目の言葉に顔を上げた。
否定するでも、ない。
リボーンから聞いていたのとは違って、こんなにも慣用的だったことに心底安心した。
だが、その九代目の一言を俺は聞き逃していたのだ。
それを思い知るのは、次の日になる。
どんどんどん、とけたたましい部屋のドアをたたく音に俺は目を覚ました。
鍵をかけてなかったせいで、その人物はまっすぐ寝室に向かってきて、勢いよくドアを開けた。
「おい、ダメツナ、九代目にはいうなって言っただろうがっ」
「…リボーン?なにを」
「俺たちの関係だ、あれだけくぎを刺してやったのに…お前は」
はぁ、と大きく長いため息を吐いて、額を押さえているリボーンに首をかしげる。
「別に怒られなかったけど?」
「そういうことじゃねぇんだよ。俺は朝からあいつにからかわれてんだ」
忌々しそうにつぶやいたリボーンに、俺はそれの何が悪いんだとますますわからなくなる。
「お前、わかってねぇだろ」
あの責め苦を味わうのはこりごりだと俺のベッドに腰掛ける。
眠気で頭がぼーっとしていたが、そこにいるのがリボーンだとわかると俺は手を伸ばした。
「久しぶりに触った」
「ったく、仕方ねぇな」
俺の発言に毒気を抜かれたのか、リボーンは笑いながら俺の頭を撫でて、引き寄せられた。
リボーンに抱きしめられて、胸いっぱいに匂いを吸い込んだ。
久しぶりの匂いはますますリボーンが近くにいるのだとわかって、力を抜いた。
頭の上からリボーンがホントにしかたねぇとぶつぶつとつぶやいていたが、俺にはまだわからないことだった。