心にわだかまりを抱えたまま日常を送っていた時のこと。
すっかり季節は大学生活二度目の冬を越そうという時のことだった。
バイト帰りの日が暮れ、人気のない道を歩いていた時のこと、後ろから車がきていた。
普通に来ているだけなら気にならなかった。
が、それは明らかに俺の後をつけていた。

「どうしようか…」

何があるのかわからないが、嫌な予感しかしない。
今の俺にはバイト帰りというだけの格好で、武器になりそうなものは背負っているリュックぐらいか。
俺はケータイを出すとリボーンにメールを送った。
逃げ切れることまでは予想できない、とりあえず近くのコンビニで待つから迎えに来てほしいと送信した。
なかなか返信は来ないが、待っていればいいとコンビニに駆け込もうとしたが、向こうに気づかれたらしく走ってくる足音。
俺は逃げるようにして走ったのに、もう少しで明るいところに出るというところで、腰に手を回され口元に布を宛がわれた。
少しの薬品のにおい。やばいと思うのに、強制的に意識がフェードアウトしていく。

「り、ぼーん」

手を伸ばしたが、ここからでは誰も見ていないことはわかっていた。

「おいっ、何してんだ」

誰かが来てくれた、そう思った時には俺の目は開くことなく、意識を手放した。




いつものようにバイトから帰るツナを待っていたら、メールが入った。
ツナの着信だけを変えていたために、誰から来たのかすぐに分かった。
メール内容を見れば、すぐにある人物に電話をかけていた。俺が行くより確実に早い場所にいて、信頼がおける人物。

「おい、ディーノ…お前、駅前のホテルとってただろ?近くのコンビニなんだが、すぐに向かえ。ツナがあぶねぇ」

確信はなかった。
あいつに何が起こっているのかまではさすがに推測できなくて、けれどあいつの超直感だけは無視できない。
俺もすぐに向かう準備をしながらレオンを連れて外に出た。
冬の空気は肌を裂くように冷たく、不安を煽る。
あいつはまだボスになるとは決まっていない、けれどそれはあいつの中でだけで実際後継者に決まっていて、十代目じゃなく初代としてやっていくのだからそこに目をつけられたファミリーの奇襲を受けることも考えられる。
日本だからと安心していたわけではない、少しだけまだまともな大学生活を送らせてやりたいと思っただけだ。
ボスを選べは、これからはそんな日常がなくなってしまうのは明白で…むしろ、日本にいることすらできなくなる。
イタリアマフィアなのだから、イタリアに拠点を置くことは当たり前になるのだ。

「なにもないままでいてくれ」

祈るように呟いてコンビニに走る。レオンが首ですり寄り、俺の心配に同調するようにくあ、と小さく鳴いた。

俺の嫌な予感はほぼ当たりな方向で的中していた。
ディーノがギリギリのところでそれを阻止したらしいが、ツナは眠らされていた。

「薬をかがされたみてぇだ」
「そうか」
「二人暮らしは危なくないか?リボーンがいるっつっても今回みたいにうまくいくわけじゃねぇし…俺の部下に見張らせるか?」
「いや、もう少し…このままにしてくれ」

ディーノから助け出されたツナを受け取り背負う。
心配するディーノに俺は首を振った。危険なのはツナだが、一方的にやられてばかりではいられない。
こうなった場合を想定して、自分で身を守ることも覚えさせたい。
それに、きっとイタリアに行けばこういう危険だって日常茶飯事になってくる。
それでなくとも、なんであんなに高校の時に体力をつけさせたと思ってるのか。

「こいつは、こいつで身を守れなきゃならねぇ」
「それはそうだけどよ…」
「今回は俺も焦った、」
「リボーンも焦ることってあるんだな」

そういうならと引き下がるディーノに、こんなに焦ったのは自分でも数えるほどしかないなと改めて思う。

「まぁ、惚れた相手には当然か」
「うるせぇぞ」
「いや、人間らしいじゃねぇか」

逆に焦らない方がおかしいぜと笑われて、それもそうかもしれないなと思いなおすが、それではだめなのだ。
俺は、ツナを支える側でありながらこいつを立派なボスにするのが役目だからだ。

「恋愛感情は邪魔でしかないな」
「リボーン…」
「こんな気持ちなかったら、もっとこいつを伸ばしてやれてたかもしれねぇ」

きっと心のどこかにあるツナを甘やかす気持ちが、こいつを甘えさせているのかもしれない。
もっと甘い感情は消すべきなのだといえば、ディーノは痛ましい目で俺を見てきた。

「ディーノ、お前はいいかもしれねぇ…けどな、こいつはボスになる男だ。頂点に立つ男なんだ」

ディーノも同じ状況に置かれていたやつだが、もうボスになったやつとは大きな差がある。
それに、ゆくゆくはみんなをまとめる役目を担うことになる。

「お前の教育に手を抜いたつもりはねぇ、けど九代目との約束だって大事なんだ」
「リボーンは、どっちをとるんだ」
「両方…といいたいところだが、俺はこいつの未来を優先する。何があってもな」

結局こいつは俺のものだと息巻いたが、何かあれば俺が身を引くのは当然だ。
それに、こうして二人で生活した思い出ができただけでも十分とさえ思える。

「リボーンだって、わがまま言ってもいいんだぞ?」
「バカ馬、んなこと…限度があるだろうが」

この話はもう終わりだと、会話を打ち切った。
そして、ツナを背負いながらあとの始末は任せると首謀者の身柄をディーノに預けることにした。
眠っているツナは起きる様子もなく、俺に背負われて部屋に戻ってくるとベッドにおろす。
敵がこっちに乗り込んできてんのか、それとも偶然か。
まだ下手に出てくるなよと祈る気持ちで思いながら、ツナの寝顔を見つめた。
バイトで疲れていたのもあるのだろう、起きる様子はない。

「無防備すぎる」

何にしてもツナは警戒心が足りない。
本当に大丈夫なのかと心配になる…いや、前から思ってきたはずだ。
ああ、きっと迷っているのは俺もなんだろう。
ツナをどうしていいのか、ずっと迷い続けている。
俺が成長するまで、ツナが一人前になるまで、ツナがボスになったらあきらめるしかない。
何も言わないまま、そう決めつけている。
気持ちも確かめないまま…。
けれど、それはあまりにも重すぎる。何にしたってリスクしかない。
少し考えればわかる。感情的に好きだといってしまえたらどれだけいいのだろう。
何もわからない子供ではないのだ。

「おやすみ、ツナ」

俺はそっと離れて、部屋を出た。
ちゃんとした距離と保たなければならない。一緒にいてもそれで満足しろ、それ以上は求めるな。
第一ツナの初恋は京子だ、俺がそれを断ち切ったようなもの。
二度目の恋は、ちゃんと誰かを愛してやればいい。
誰も選ばなかったツナだが、今なら誰か好きな奴ができるかもしれない。
俺はもうこれ以上何も考えることなく、一人で食事をとり、就寝した。



夢を見た。
リボーンが離れて行ってしまう夢だ、いくら手を伸ばしても追いつけなくて足が重くて動くことも困難で叫んでも声は届かなかった。
どこに行くんだと、自分の声で目が覚めた。

「いった…」

身体を起こすと鈍く痛む頭、けれど光景は見慣れた自分の部屋でしばらく自分の状況が呑み込めなかった。
けれど、自分の服を見て誘拐されそうになったのは間違いないと確信した。
気絶させられて…それから、誰かが来てくれた。

「リボーン…」

俺は起き上がって部屋を出ていた。
隣の部屋を覗く。
リボーンは寝ていて、俺が入っても気づかなかった。

「リボーンが助けてくれたのか?なぁ、リボーン」
「…なんだ?」
「リボーンが来てくれたの?」
「違う、ディーノに頼んだ…ここからじゃ、間に合わなかったからな」
「…そっか、ありがと」
「あいつがここまで運んだ、礼を言っておけ」
「……わかった」

眠気眼のリボーンは、俺の質問にのろのろと答えてくれた。
てっきり、リボーンが助けに来てくれたと思ってたのに違うらしい。
けれど、確かにリボーンのにおいを感じたと思ったのに…。
俺はどこか壁を感じて、リボーンのそばを離れた。
時間を見れば、まだ時間はある。昨日夕食を食べ損ねたせいで腹が減り、一人朝食を用意した。
リボーンが起きてこなかったからだ。
どことなく感じる透明な空間が、その日はよく感じられた。
いつも以上に、俺は寒さを感じてそっと自分の手の指先を握って温めた。







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