白蘭が来てからしばらく俺はふさぎこんでいた。
あまり外には出たくない、みんなにも関わりたくない。
自分がどうしたらいいのか全く分からなくなっていて、誰かに頼りたいけれどそれを打ち明けられる人がいない。
リボーンはきっと当然のようにボスになれっていうのだろう、こんなのは当たり前だ二つ返事で見返してやれって。
けれど、俺にはそれができない。それだけの度胸すら俺にはない。
「ツナ、お前どうかしたのか?」
「…何でもない」
「そろそろ、甲子園が始まるぞ。山本にあって激励してこい」
外はセミの鳴き声がうるさいぐらいに聞こえる、高校に入って二度目の夏。
年々暑さを増すそれにぐったりとしているのも事実で、リボーンのその言葉に応えるのも億劫で、うんともいやともいえない返事をしたら、容赦なくハリセンで殴られた。
「いってぇ、何するんだよ」
「いいからいけって言ってんだ、そうやって布団にもぐりこんでる暇があったら山本の勇姿を見てこい」
俺の手を掴むと無理やりベッドから落とされた。
仕方なく置きあがると、けほっとむせた声が聞こえて俺は顔を上げる。
「風邪か?夏風邪とか治りづらいんだから、ちゃんとしろよ」
「違ぇ、声変わりだ」
「……は?」
リボーンの言葉に俺の頭から眠気が消えて、まじまじとリボーンを凝視してしまう。リボーンの身体は成長期に入ったらしく一気に背を伸ばしていた。
身体も小学生高学年ぐらいだろうか、リボーンは鬱陶しそうに舌打ちするとベッドに座る。
「この身体は普通より成長するスピードが速いからな、いろんなところで支障が出てくる」
「支障って?」
なんだか、いつものリボーンより変な気がする。
その身体でなにや嫌なことでもあったのだろうかと着替えながらリボーンを流し見た。
「ここにきて成長痛がすごく痛ぇ」
「ぷ、ははっ…あはは、なにそれ、はは…成長痛って、ああそうか、これでもリボーン成長してるんだもんなぁ。いつの間にか俺に近づいてたんだ」
成長期が来れば訪れるそれにリボーンは悩まされていたらしい。俺は思わず吹き出して、しばらくの間リボーンが睨むのもかまわず笑ってしまっていた。
よくよく見ればリボーンの身体は随分と成長していて、せめてもの慰めに鈍い痛みを伴っているだろう膝を優しくなでてやる。
「たく、かまうな。さっさといけ」
「はいはい、わかったよ」
すねたような物言いが、まるで本当に子供のように思えて弟のように感じた。
弟よりもかわいくなくて、乱暴だけど。
俺は準備を終えると今日は残るといったリボーンをおいて家を出た。
最近クラスが離れていたせいか山本の顔を見ていない気がする。山本は部活があるから獄寺くんと一緒に朝登校することは少なかった。
野球をやっている山本は楽しそうで、今ではエースだと聞いている。もしかしたら、山本は未来もっとすごい男になるんじゃないかとさえ思えた。
それを、俺は消し去ろうとしてしまっているのか…。
「俺は、なんて声をかけてやればいいんだろう…」
このまま行ってもいいのだろうかと不安になり、俺の足が何度か止まりかける。
でも、今年の野球部は強いと聞いた。見るだけでも許されるだろかと、高校の野球場を覗いた。
夏休みといえど、部活をしている人間は今日も練習をしている。
甲子園で活躍するといっても身体を休めるということはないようだ。
「お、ツナじゃねぇか」
「山本…」
そうこうしているうちに俺の姿を見つけたのだろう、山本がこっちに走ってきた。
汗が滴り、こんな炎天下で練習しているからか日焼けもしている。
「今休憩中なんだ、なんだか久しぶりだな」
「そう、だね。なんか、最近会ってなかったから」
「うれしいぜ、俺はこの通りツナに会いに行けないからさ」
山本はいつもの笑顔で俺に話しかけてきた、けれど俺はどんな顔をしていいかわからずにいると顔を覗き込まれた。
「どうした?浮かない顔してるな、それに元気がなさそうだ」
「…いや、なんでもないよ」
「ツナ、何か抱えてるならちゃんと言わないと駄目だぜ?仲間に隠し事はなしだ」
頬をむにっとつままれて咎めるように言われた。
山本はよく人を見ていると思う、発言は結構とびぬけていたりもするが時々こうやって的を射てくるあたり、俺は山本に気に入られているのだろう。
「ちょっと、迷ってて」
「迷う?何に迷ってるんだ、俺なら話を聞くぜ?」
誰にも言わずにいようと思ってたのに、山本のその優しさに俺はつい、口を開いてしまった。
白蘭が来てボスの未来を示唆されたこと、それをどうするのか答えを迫られたこと。
もちろん、俺はみんなの未来を尊重したいから俺だけの問題じゃないことも重々承知してる。
だからこそ、何も言えなかった。怖かった、俺にはみんなの人生を背負うだけの度胸はない。
「バカだな、ツナ…お前が全部背負うことなんてない。俺たちは自分の意志でここにいて、ツナについていくって決めてるんだからな」
「山本…」
「けど、ごめんな。少しだけ、俺の夢を追いかけさせてくれ、そのあとならお前に従うつもりだ。俺は、ツナにつくぜ」
頭を撫でられて、いつもとは違う真剣な声を出した。
俺は山本にしばらく見とれていたが、そのうち収集がかかり山本は練習に戻っていった。
なんでか、俺が山本を激励するつもりがこっちが元気づけられて何だか気が抜ける。
山本はそういうやつだった。
「少し、気が楽になったな」
それは誰かに話を聞いてもらったからか、それとも許されてうれしかったからか。
よくわからないが、軽い足取りで家へと帰った。
これから俺は夏休みの宿題をやらないといけない、未来より今はすぐさきの目的を果たそう。
家に帰れば、ベッドでぐったりとしていたリボーンは俺の布団の中に入って寝ていた。
のんきな奴、俺は床に座って仕方なく今日の分の宿題をやろうとノートを開く。
「ほう、俺がいなくてもちゃんと宿題やるようになったんだな」
「うわっ、起きてたのかよ。たまたまだよ、たまたま」
なんとなくリボーンがいなくても勉強をしていたことを知られるのは恥ずかしくて、思わずノートを閉じた。
「で、答えは見つかったか?」
「へ?」
「お前、悩んでいただろ?俺が聞いても素直にいわねぇからな」
案に山本の方が話しやすかっただろといわれて、俺はリボーンを振り返った。
リボーンは前髪をかきあげ笑うと、俺の頭をくしゃりと撫でてくる。
「いつも一緒にいる俺がわからないわけねぇぞ、まぁもう少し頼ってもいいと思うがな」
「…それは」
「俺だって、お前をボスにしたくて動いてるが、本気で嫌なら逃げ道だって確保してやる。そこまで非道にはなれねぇからな」
リボーンの言葉が、俺の胸に刺さるようだ。
俺は小さくうんとうなずいて勉強をするふりをして顔を隠した。
リボーンはそれ以上何を言うでもなく、俺の後ろで寝ていた。
夢を見ていた。それがはっきり夢だと分かったのは、うっとうしいぐらいの花々に囲まれた広場だったからだ。
何の夢なのだろうと周りを見回してみるが、木が覆い茂るばかりで何もない。
かと思えば、霧が出てきて雰囲気が変わる。
「骸…?」
「おや、気配でばれましたか。君にはなぜかすぐに見つかってしまうようだ」
知っている気配に名前を呼べば、短く切りそろえられた姿で骸が現れた。
十年後の骸を知っているからか、短いのは少し新鮮に見える。
「君は、まだマフィアになるのをあきらめていないようですね」
「そうみえるのか?」
「否定しないところを見ると、そうじゃないんですか?」
「そうかも…しれない」
俺だってまだ迷っている。
リボーンや山本に何を言われても決定的な決断は俺にゆだねられているのだから。
「やめておきなさい、そしたら僕は君を恨まずにいれる」
まっすぐに俺を見て骸は言った。
骸はマフィアに因縁がある、このまま俺がマフィアになれば恨むとそういうことなのだろうか。
「沢田綱吉、君もこんなことに巻き込まれるのはごめんだと思っていたのでしょう?」
「……」
「このさき、君はまともな人生を歩むべきなのです。僕は、君を手にかけることはしたくない」
すっと伸ばされた手が俺の首にかかる。
「ほら、造作もないことなんですよ」
「俺は、お前の望むようにはなれない。けど、骸の手が必要なんだ」
「笑わせないでください、どうして君なんかにつかなけれなばらないんです?凪がいるでしょう」
「凪も、骸が来ることを望んでいる」
こうして骸を説得する俺は、きっとこのままマフィアになるんだろう。
口で嫌だといっておきながら、結局はこうしてみんなの意思確認をしているのだから。
「僕は、そちら側にはいかない。あくまでも狩る側です」
「一人で、いる気なのか?」
「僕に仲間なんてものは必要ありませんから」
そのまま骸は俺の首から手を離し、すぅっと身体を薄めて消えて行った。
気配が消え、霧も消えた。
そこには何も残らず、俺はそのまま夢に溶けた。