高校に入って一念があっという間に過ぎ去った。
正直、生活に慣れるのが精いっぱいで勉強は二の次になってしまっていたのは事実だ。
それでも、かろうじて成績を落とさないでいられたのはきっとリボーンが俺の近くで見ていてくれたからだと思う。
まぁ、なんだかんだと言い分けつけて俺にトレーニングやらなにかしら訓練や修行だといいつけてきたがそれもなんとか乗り越えることができていた。
リボーンの目的は結局のところ俺がマフィアになることなんだろうけど…俺はなりたくないと思ってる。
それは今も変わらない…けれど、もしあの時みたいにリボーンがいなくなるような事態になったら…?
清々すると思ってたのに、いなくなって分かった。俺はあいつがいなきゃ、本当に何もなくなってしまうんだって。
いや、何もなくなるということはない。
リボーンのおかげでいろんな人と出会い、いろんな人と繋がりを確かなものにしてきた。
一人では知りえなかった友達、出会えなかった人…たくさんいて、リボーンが来てからたくさんのものが目まぐるしく増えて、その人たちとの接し方もたくさん、たくさん学んだ。
リボーンから教えられたものは、単に勉強だけじゃなかった。
もし、本当に俺がこの先マフィアになることを拒んだとして、リボーンはどうするんだろう。
やっぱり俺から離れて行ってしまうんだろうか…。
あんな思いはいやだな、と考えてしまった。
「おい、なにボーっとしてんだ」
「あっ…ごめん」
「ったく、最近たるんでるぞ。しっかり復習しろ。お前は俺がいないとすぐにサボるからな」
勉強の最中によそ事を考えていたことは簡単に見抜かれて、俺は苦笑を浮かべる。
はぁいと返事をして、止めていた手を動かした。
今はリボーンに勉強を見てもらっている真っ最中だ。こんなこと勉強しなくても問題ないじゃんと言ったら例によって例のごとく容赦ないハリセンが俺の頭を直撃した。
仕方なく、勉強をしていたのだが、頭で考えためぐり、つい考え込んでしまったらしい。
俺は再び教科書とノートを見比べて今日習ったことを復習するが、リボーンはちらりと自分の腕時計を見て、そろそろだなとつぶやいた。
「なにが?」
「今日は、客人が来る予定だ。お前宛だからな」
「は?なにそれ、俺がいない間に決めるなよな」
いきなりのことに部屋を見るが、少し散らかっている。
最近忙しくて掃除を放棄していたせいだ。客人をもてなすには準備が整っていないと、俺は立ち上がりかけるがリボーンが勉強しろとたしなめた。
「あのなぁ、部屋が散らかってたら困るだろ」
「もてなすような奴じゃねぇ、適当に水でもだしゃいい」
リボーンの言葉になんだそれはとあきれて、仕方なくその場に座りなおした。
そういう反応をするってことはたいてい、アルコバレーノ関係かリボーンに嫌われている人間ということになる。
そして、俺も知っている知り合いということは…絞れてくるがいまいち想像がつかない。
「誰だよ」
「来たらわかるだろ」
それまで勉強しろ、ととんとんとノートをたたく。
しかたない。こうなってしまっては俺が勉強しないともう一発ハリセンを見舞うことになってしまう。
それからしばらく黙々と勉強していたら、家の呼び鈴が鳴った。
母さんが出て、何やら話した後階下からつっくーん、とお呼びがかかる。
「これが客人?」
「そうだぞ、行って来い」
言っておいてお前は来ないのかよと立ち上がり階段を下る。
リボーンが呼んだのになんで俺が出ないといけないんだ。
「って、白蘭」
「やぁ」
玄関に行ってみればそこにはよく知った人物が立っていた。
白蘭はイタリアにいると聞いたのに、どうしてここにいるのだろうと首をかしげながらとりあえず中に、と促した。
「いやぁ、驚かせようと思ったのに何も驚いてないねぇ」
「リボーンが言ってたから。リボーンに呼ばれてきたんだろ?」
「え?…僕、誰にも言ってないのにどうしてばれてるの?」
「は?」
白蘭の言葉に驚いていうが、白蘭も驚いているらしく困惑した表情だ。
俺の部屋につくとドアを開ける、リボーンにこの状況を説明してもらおうかと思ったのだが、そこにはドアが開いているだけで誰もいなかった。
「んなっ、リボーンのやつっ」
逃げたなとドアの外をあわてて見回してみるも。誰もいなくて舌打ちをこぼす。
「彼には何でもお見通しかな」
「…なにがだ?」
「僕の用事が、だよ」
よくわかってる、とつぶやいて白蘭はあいている俺のベッドに座った。
「綱吉くんは、ボスになる気があるの?」
「…な、にを…」
「僕は、本気で話をしに来てるよ。まぁ、まだコウコウセイの君に確定事項を迫ったりはしない。ただ、最終目標の話をしてる」
きみは、どうなりたいの?
白蘭の率直な質問に、俺は動けなくなった。
ここで、マフィアにはなりたくないといってしまえばどうなるのだろうか。
敵意はないから、特別何をしてくるとかではないだろうけれど…。
俺の中に一瞬にして恐怖と戸惑いが生まれる。
あれ?リボーンが相手のときは、いつもすぐになりたくないと言葉が出たのに…。
どうして、戸惑うのだろう。俺はあの時から変わらない、マフィアはいやで…ボスになんかなりたくない。
そう思うのに…。
「無言ってことは、決められないってとっていいのかな?」
「あ……」
何を言っていいかわからず口を開くが、何も言えずに口を閉ざした。
リボーンは俺に何がしたいんだ。
こんなことして、何があるっていうんだ。
迷うことをリボーンのせいにする。これは俺の人生なんだから俺が決めたらいいんだ。
なのに、この生活を失いたくはなくて、それでもマフィアにはなりたくない。
この先の未来には、恐ろしいことばかりだ。
「そんな泣きそうな顔をしないで、僕がいじめてるみたいだ」
「ごめ…」
「まだ早かったかな。けれど、いずれは決めなきゃいけないよ」
白蘭はいつもの笑顔で、俺から視線を外さず足を組んだ。
「リボーンは優しいけれど、僕たちは優しくないから。いつでも僕は骸君がほしいし、ヴァリアーの連中も隙を狙ってる状態だ。君が、なりたくないと一言公表してくれたら、あっという間にいろいろ変わるよ」
なにもかも、ね、と白蘭は心底楽しそうだ。
白蘭は無理やり傘下に入れたようなものだから、ディーノさんとはわけが違う。
「白蘭は、俺がボスにならなきゃいいのにて思ってるのか?」
「それは、どちらともいえない…かな」
「なにそれ」
「いろいろ事情ってものがあってね、今の状態じゃ僕は何も動けない。ユニちゃんもいることだしね」
あの子がいるんじゃ、本当に好き勝手できない、と笑って。でも、その顔はなにか吹っ切れたようなそんなすがすがしい顔をしていた。
白蘭はどこかで、何かを許していて、そのためには俺たちが邪魔…なのかな。
白蘭の本音がどこにあるのか、何を示しているのか見当もつかない状態だ。
「まぁ、君がそうやっているならもう少し時間はあるのか」
「何かする気じゃないだろうな?」
「おっと、ボスにならない君には僕に何を言う権利もないんだよ。…そういうこと、なにもしないよ。今は、ね」
白蘭は一つあくびをして立ち上がるとそのまま部屋を出ていく。
俺は白蘭の背中を追うが、その後姿には何か違和感を覚えた。
嘘と本当が入り混じっているような、俺に鎌をかけに来ただけのような…。
「今日のところはこれぐらいにしてあげる。君、なんか泣きそうだしね」
「はぁ!?」
「後でリボーンくんに怒られちゃうかな。悪気はなかったんだ、けど、もう少し真剣に考えて。君は未来を左右する。それも、君が思っている以上の人間の、だ」
ふっと閉じられたその瞳に、俺は背筋が震えた。
それは一種の脅しとも取れて、言葉が詰まる。
「じゃあ、またね」
「…ああ」
ぱたりとしまったドアを見つめて、俺はしばらく放心してしまった。
嵐のように来て、嵐のように去って行った。まさにそんな感じで、さっきまで考えていた俺の本心を見抜かれたようなそんな恐怖ばかりが俺の中にたまっていた。
二年に上がり、安心できるかと思えばそんなことはなかった。
むしろ、執行猶予が刻一刻と近づいて行っているといっても過言ではない状況に、俺はだんだん追い詰められていく恐怖すら覚える。
「ツナ、勉強しろ」
「…あ、うん…っていうか、お前どこに行ってたんだよ」
「さぁ、どこだろうな」
リボーンは俺に何か隠している。
そうあからさますぎる態度に、問い詰めたくなるが何を切り替えされるか怖くて何も言えない。
ただただ、近づいてくる未来への恐怖に一人怯えはじめた。