「ツナ、さっそくお前に試練を与えるぞ」
「いきなりなんだよ」
リボーンの言った試練というのは唐突に始まった。
そんなリボーンにも慣れたもので、俺は勉強していた手を止めてリボーンを見た。
「ヒバリの行方がつかめた」
「は?雲雀さんなら並中にいるだろ?」
中学以来聞くことのなかった名前に俺は首を傾げた。
卒業間近まで風紀委員の仕事をしていたと記憶している俺は雲雀さんが並中以外にいくところが思いつかない。
「嘘なら休み休み言えよ」
「俺がそんなしょうもない嘘つくと思ってんのか?」
「いや、思ってないけどさ…並中にいない雲雀さんなんて想像できない」
どこにいるんだと聞けば、それを探すのがツナの試練だぞ、俺の勉強をみながらさらりと何でもないように言った。
「そんな散歩に行くみたいなノリで探させるかよ」
「できないのか?なら、罰ゲームだな。この俺が見つけてきた予習復習問題集を来週までにすべて解いておくこと」
リボーンがすらりと出してきたのはいまやっている問題の応用とか、これから勉強するはずの問題が載った問題集だった。
そんなの冗談じゃない。確かに、俺は出遅れ気味だけどそこまで見てられないレベルじゃないし…多分。
俺はぶんぶんと首を振って、立ち上がった。
「もうっ、行けばいいんだろ。いけば」
「よし、その息だ」
言いながらリボーンは俺の隣に立った。
「は?お前もいくのか?」
「当然だぞ、今日は休みだろうが」
休みだからってついてくる理由はないだろうけど、まぁいいか。
なんだか、少し前もそんな感じでこいつはどこでもついてきたっけ。
とりあえず、行くとしたら…どこだろう。
雲雀さんが並中以外にいるところってみたことないかもしれない。
「リボーン、雲雀さんってどこにいるの?」
「それを探すんだぞ、何度も言わせんなダメツナ」
「いてっ」
容赦なくハリセンが飛んできて、相変わらず乱暴だなと頭を擦った。
リボーンは知ってても教えてくれそうにない、と。
では、どこにいるのか。
最近街で見かけることもなくて、仲間なのに居場所がわからないというのは少々困る。
とにかく、並盛にいることは確かだと思うので街を歩いてみようと思う。
風紀が乱れるところにその人あり、だ。
騒ぎが大きいところに行けば何かしらあるだろうと俺は家から出た。
歩いてみるが、今日は特別何があるわけでもないし。家の周辺を歩いて商店街の方もいってみるが、雲雀さんの姿はない。
「いないなぁ」
「お前、探す気あんのか」
「あるだろ、俺にはあの人の行く先なんて見当もつかないよ」
ポケットに手を突っ込みながら言われて、そんなこと言われてもと途方に暮れた。
「こんなんじゃ、もし仲間にしても見切りをつけられるのも早いかもな」
「そんな…あの人が敵とか、恐ろしすぎる…」
「だったら、もっとよく考えろ。雲雀恭弥はどんな奴なのか」
どんなやつって…。
俺は雲雀さんのことを考えてみることにする。一人が好きで、けれど秩序も大切でいざこざにはよく顔を出してくれたっけ。
まぁ、あの人自体人といるつもりはないのだろうけど自然と集まる場所にいるんだよなぁ。
今は獄寺君も山本も炎真君だって高校にいってしまった。雲雀さんは並中で一人寂しかったのかもしれない。
「ん?」
「お、何か思いついたか?」
「いや、今日休みだけど…」
「雲雀は休みでも風紀委員の仕事は怠らない勤勉なやつだぞ」
そりゃ、休みだろうと制服姿でよく見かけたが…。
俺は思い当たった一つの場所へと進路を変えた。
もしかして、という予想だが当たらないでほしいという気持ちが同時に湧きあがってきている。
リボーンは途中から疲れたと訴えたが、生憎成長するリボーンを前のように肩に乗せることはできず抱えてやることにした。
「お前、なに嬉しそうにしてんだ」
「いや、お前でも疲れたとか思うんだな」
「この身体じゃ思うようにできねぇンだしかたねぇだろ」
チッと本気の舌打ちが聞こえて、案外その姿をもどかしく思っているのかもしれないと、その時感じた。
そうして、ついた先は俺の高校だ。ここにも屋上はある、例によって立ち入り禁止だが、雲雀さんなら居てもおかしくない。
部活で鍵のかかってない校内へと入って屋上を目指すと、なんだかパシッという何かがコンクリートを打つ音と、鉄がぶつかる音が聞こえてきて、一人じゃないことを知る。
いるのが雲雀さんだとしたら、いつも近くにいたあの人も一緒ということになるが、、あの人も多忙の身だこんなところにいるはずがないという思いもあってか屋上のドアの前まで来て開けるのがためらわれた。
「なにしてんだ男だろパパッと開けやがれ」
「嫌な予感しかしないんだって、この超直感は本当にやばいからっ」
言いながらリボーンは俺の腕から降りると手を伸ばしてドアノブを回した。
開いた先を見た瞬間ガコッと鈍い音がして、鉄の頑丈なドアにトンファーがぶつかった。
しかも、すごい跡が残ってしまっている。
「ひぃっ」
「草食動物が僕に何の用?」
「お、ツナじゃねぇか。久しぶりだな」
俺の登場にいち早く気づいた雲雀さんは警戒心ビンビンに俺を見てくるが、ディーノさんはいつもの気さくさで話しかけてくる。
「ディーノさん、イタリアにいたんじゃ…」
「ああ、リボーンに言われて恭弥を鍛えに来てんだ」
「は?」
「なにそれ」
「バカ馬が」
ディーノさんの一言に反応したのは俺だけじゃなく雲雀さんもで、リボーンはボルサリーノのつばを引き下げて顔を隠しながら一言溢した。
雲雀さんはギロリとディーノを見ればつかつかと歩み寄り胸倉を掴んでいる。
「僕を鍛えるなんていい度胸だね。今日こそは本気を出すって言ったじゃないか」
「何言ってんだ、本気だろ?リボーンに鍛えろって言われたが、お前が強いのは本当だ」
それ嘘でしょ、と俺は思った。
ディーノさんの顔にはしっかりとまずい、と書かれている。
すると、リボーンは何かごそごそしているのが視界に入った。
「なにしてるんだよ」
「此処にとりだしたるは、水の中にいれると膨らむエンツィオ」
「ちょっ、お前っ…どうして、ディーノさんのペットがここにっ!?」
俺は何をする気だと慌てるが、リボーンはそれを屋上のフェンスから投げ捨てた。
しかも、その先にプールがあってしまったりするもんだから一大事だ。
しばらくすると、巨大化したエンツィオが顔を出し、屋上だというのに丁度顔の高さだ。
「エンツィオ、なんでプールに!?」
「ふぅん、あなたよりは楽しめそうだ」
雲雀さんはエンツィオを見てニヤリと笑うと投げたトンファーを拾い上げた。
好戦的な表情にもうめちゃくちゃだと俺は頭を抱えた。
せっかくあの非現実的な日常から脱却したと思ってたのにどうしてこうなったっ!?
腕を振りまわして暴れ始めたエンツィオに雲雀さんはフェンスを乗り越えると飛びかかっていく。
本気だ、あの人。
俺はどうしようかと慌てていると、リボーンに弁慶を蹴られた。
多分、蹴りやすい位置にあるからとかそんな単純な理由だそうに違いない。
「なんだよっ」
「お前もいってこい」
「なに馬鹿なこと言って、ちょ、押すなって本気で!?」
「俺は大まじめだ。雲雀をちゃんと仲間にしてこい」
言ってることがむちゃくちゃで、こんなことしてどうしたら仲間になるというのか俺が一番知りたい。
けれど、リボーンがぐいぐいと俺の背中を押して、エンツィオに飛び移れって言ってるから俺は仕方なくグローブをはめて死ぬ気丸を口に含み屋上から飛び移った。
「君は引っ込んでなよ」
「そうはいかない、俺は雲雀さんを助けるっ」
「別に僕は好きでやってるんだ、邪魔するな」
そうは言っても雲雀さんはエンツィオ相手に苦戦しているようだった。
戦闘能力はあるが、多分大きさの問題だ。
もっと強い力で叩かないことには気絶させることはできないだろう。
俺は雲雀さんのサポーターをしながらグローブに力を集中させる。
すると、顔の前でちらちらされたのが鬱陶しかったのだろうエンツィオが腕を振り上げ、こちらに殴りかかってきたのを、俺に当たる寸前で雲雀さんが防いだ。
その隙に俺は、エンツィオの顔に一撃を食らわし大きく傾ぐ身体をどうすることもできず、二人してプールに落ちた。
気絶したエンツィオはプールから出して、乾かしている。
俺はというと、雲雀さんに愚痴愚痴と文句を言われている。
「まったく、どうして君はそんなに危ないんだろうね」
「すみません」
「僕の獲物を奪った挙句、危険な目にあって落ちついて跳ね馬と手合わせすることもできないだろ」
「…もっともで」
「おいおい、俺を引き合いに出すなよー」
「あなたは黙ってて」
プールサイドでびしょぬれになりながら、雲雀さんは仁王立ちだ。
怒っているけれど、なんだろう話しを聞いているとなんだか俺は守られていたようだ。
「あの…」
「なに」
「ありがとうございます」
「…僕、怒ってるんだけど?」
「いやっ、怒られてありがとうとかそういう意味ではなくてですねっ」
うわ、言うタイミング間違えたっ。
恥ずかしくてどぎまぎしているとぽんっと雲雀さんの掌が俺の頭を撫でた。
顔をあげれば、ふぅと一つため息。
「君は本当に放っておけないな、僕がここにきてよかったじゃない」
「……はい」
ぽんっと落ちてきた言葉に、雲雀さんは俺を心配していたんだと知った。
いきなり高校の屋上に現れた時には何でと思ったが、ちゃんとした理由があったのか。
「雲雀さんは、俺の傍にいてくれるんですか?」
「…そうだね、君の近くはいろいろと楽しいことがあるから。いてあげてもいいよ」
いつもの尊大な一言に、俺は笑って、ありがとうございます、と言った。
あの時からの絆は変わっていなくて、こうして確かめながら深めていくのもいいのかもしれないと、思った。
リボーンの姿を探せば、エンツィオを乾かしながらディーノと話しているようだ。
ディーノさんにもあとでお礼を言っておかないととグローブを外して変わった休日が終わっていくのを沈む夕日に感じていた。