九代目の言った通り一週間も経たないうちに、同盟ファミリーを呼んでの式典が行われた。
十一年前に行われた継承式では事件が起きたが、今回は何のこともなく俺は晴れてネオボンゴレの設立とともにボスに就任したのだ。
式典の最中、九代目からいろいろ言われていたことだけは覚えているが正直何をしてどうしたのかわからなかった。
俺の頭の中はある一点だけを考えて、どうするのかをずっと考えていたのだから。
ジャラジャラとしたマントを早く外したいと自室へ足早に戻る。
式の後はパーティだと九代目に言われていた。
『大事な人も呼ぶからね、君がいないと始まらないよ』
念押しとも呼べる九代目の一言だった。
もしかして、俺の考えていることがばれたのかと思ったが…どうなんだろうか。
九代目のことだからわかっていそうだ。わかっていてもそういうことはしっかりといってくる人だ。
三年経つ頃にはもうここでのことも大概頭に入っていた。
自室のドアに手をかけたところで、俺はある気配を感じ廊下の先を見やる。
「骸?」
「君のそれはなんかのセンサーですか」
「なにもついてないよ」
隠れていたのか柱の陰から姿を現した骸にあきれたようなため息を吐かれてしまう。
そもそも人を監視するとは感心しない。
「何の用だよ?」
「いえ、僕は君の見張り役ですから」
「…逃げるとでも?」
「そうはいってません、むしろ君はこうなれるように努力していたでしょう。ただ、顔みせも兼ねているパーティを抜けられるのは僕としても困りますから」
「チッ…」
やはりばれていたらしい。
本心から舌打ちをすると骸からまたため息。
「君、ここ何年かで性格悪くなりました?」
「ああ…現実知ったからじゃないか?」
スレただけだよ、と笑えばまったくといって手を出してきた。
「なに?」
「まぁ、どこまでだませるかわかりませんが」
お偉い爺どもの目くらましぐらいにはなりますよ、と骸はそういった。
「いいの?」
「君は僕たちのボスでしょう?僕が誰かから命令されたとしても、ボスには逆らえませんからね」
くすりと笑った骸に、嬉しくてすぐに着替えてくる、と部屋に入った。
別の部屋では隼人を待たせている。
意外な助っ人にありがたみを感じながら、黒いスーツに身を包んだ。
念のため銃を懐にしまう。
ほんの三年前までこんなことが日常になるなんて思ってなかった。
あの頃の俺は、やっぱりどこかで甘えていたのかもしれない。
決意をしても、結局誰かが助けてくれる。そんなこと、無理なのはどこかでわかっていたくせに。
俺は、大きく息を吸って吐き出した。
「よし、見つからないようにいかないとな」
俺は脱いだマントを持って部屋の外に出た。
骸がそれを受け取り、羽織ると俺とうり二つになる。
「…なんつうか、お前のそれ悪用されたら困るな」
「さて、どうしましょうか?」
「やめろよ」
「しませんよ、今日は仕方なく君の代わりにボンゴレプリーモを演じます」
まぁ、こちら側の人間にはすぐにばれると思いますがねと苦笑されるがそれは仕方ないと笑う。
「全員をだましてほしいわけじゃないから、無理だったら俺の独断だって言ってくれよ」
「できるだけ、善処はしましょう」
「じゃあ、頼んだ」
俺は急いで人気のない廊下を走り、隼人と落ち合う。
時間はぎりぎりだ。
「綱吉さん」
「隼人」
「車用意できました、早く出ましょう」
「うん」
見張りが手薄になる時間は限られている。
少しのチャンスも逃すことができない。
隼人と屋敷を出ると俺は後部座席に座り念のため身を隠す。
車が発進するが門のところで止められたのだろう車が停車する。
「おい、今からパーティだ。どうした?」
「ちょっと料理の材料が足りなくなったらしくて、俺がいくことになったんで」
「…そうか、ちょっと確認とるから待て」
門番の一言に俺と隼人の背筋に冷たいものが伝う。
もちろん、買い出しに行くというのはうそに決まっている。
どうしようか、とほかの理由を考えようとしていた矢先誰かの足音が向かってくる。
「なにしてるの?」
「はっ、獄寺さんが出かけるというので連絡を…」
「いいよ、僕が頼んだんだ。さっさと行かせて」
「あ、わかりました。どうぞ」
この声は、と顔を上げるとやっぱりそこには雲雀さんの姿があった。
窓も中が覗けないようになっているのにもかかわらず目があって、小さく笑ってみせる。
車は走り出して、俺はほっと胸をなでおろした。
「バレたかと思った…」
「雲雀はなんであそこに来たんスかね?」
「わからないけど、骸の変装がばれたかな」
「へ!?」
「いや、この脱出劇にもうばれている人がいるってことかな…」
あはは、と渇いた笑いを浮かべつつちゃんと座りなおす。
向かうのは、街中にひっそりとたたずんでいる小さなバーだ。
隼人が調べたところによると、そこから仕事の依頼を受けているらしい。
だから、近々来るだろう…と。
今日来るという確証はないけれど、紙面の片隅に乗っていたボンゴレの社長が交代したという記事に目を留めないリボーンじゃないはずだ。
だからなんでくるのか、というのはやっぱり勘でしかない。
屋敷からそう離れていないバーには五分も揺られていれば着いていた。
「では、俺が入ります」
「うん、俺はここで見張ってる」
最初は隼人に入ってもらって出方をうかがう。
けれど、俺から逃げようとするならすぐに中から出てくるはずだ。
頷き合って、隼人は中へと入って行った。
俺は店の裏口と入口を見張れる位置に立ち、その時を待つ。
隼人が中に入って少しして、裏口の扉が開いた。
夜にまぎれていきそうになるその腕を俺は、しっかりとつかんだ。
「見つけた、リボーン」
「…ツナ」
ボルサリーノをかぶった長身の黒い男。
声をかければ、ゆっくりと振り返り静かに返される言葉。
とたん電話がかかってきた。
中に入った隼人だろう。
片手でポケットから携帯を取り出し通話ボタンを押す。
『綱吉さん』
「大丈夫、見つかったから。隼人は車に戻ってて」
『はい、わかりました』
簡潔に言うと理解したのかすぐに通話は切れた。
何を言っていいのかわからず会話を探していると、リボーンが小さく笑う気配がした。
「お前、なんにも変ってねぇな」
「なっ」
「少しはなんでも自分でやるようになったかと思えば、結局獄寺連れてきて、このまえの戦闘じゃ骸に助けられて」
なにも変わってねぇな、リボーンに馬鹿にされたのかとまっすぐ見るとそんなことはなく、むしろ変わってないところを探しているような口ぶりだった。
「これでも、ボスになったんだ。これが、俺のやりかただ」
ディーノさんのように先陣切っていけない、ユニのように有能な人たちばかりじゃない、ザンザスみたいに独裁的なボスにはなれない。
なら、俺は俺のやり方で俺の大切な人を守って守られていきたい。
「立派になったな。俺ももうボンゴレとは縁が切れた」
「俺がボスになったから?」
「ああ、この契約は九代目とのものだからな。もっとも、もっと早くに契約は切れてたんだが」
だからこそ、リボーンは敵として現れた。
「リボーンは、誰か大切な人できた?」
「なんだ?世間話か?」
「そんなとこ」
少し肌寒いな、と笑いながらリボーンはそこを動こうとはしなかった。
リボーンは少し考えるようにしてどうだと思う?と挑戦的な目で見てくる。
「ずるいぞ」
「何がだ?」
「そうやっていっつも俺をからかう」
「失礼だな」
「で、どうなんだよ」
「お前はそれを知ってるんじゃねぇのか?」
わからないから聞いてるんだ。
いや、確証がないといった方がいいかもしれない。
約一年半離れてしまえば、消息の分からない時間だってあって、その間に誰かと…なんて考えたくもないことが頭の中を駆け巡った。
「本題に入るか、ツナ」
「なに…?」
「今日が就任式のはずだ、パーティもあるってのにここで俺を捕まえている理由は?」
結局リボーンに促されなくては無理だった。
どこまでも甘ったれな俺に笑うリボーン。
俺も甘ければ、リボーンだって甘い。
俺は深呼吸を繰り返して、腕を掴む手に自然と力がこもる。
「…リボーン、俺と契約して」
いつかと同じ言葉。
今度は確かな決意を持って。
次はない。
もう、リボーンを逃がしてあげない。
「お願いだ、もう別れるとか言わないから。だから俺と、ずっと一緒にいて」
しばらくまってもリボーンの返事はなくてだんだん不安になってくる。
「もう離したりしない、だから」
「ったく、どれだけ待ったと思ってんだ」
掴んだ手を引き寄せられてよろけた俺はリボーンの胸に抱きとめられた。
ギュッと腰に回って密着する身体に胸が苦しくなる。
「…ごめっ」
「もう、離すなよ。お前だけのものになってやる」
リボーンの言葉を聞いた途端涙があふれて、俺は顔を上げると目を閉じた。
そっと重なってきた唇はどこまでも優しくてもう泣くなと涙をぬぐわれた。
「俺のだ、俺だけのリボーン」
「そうだ、お前のだぞ」
よかったな、と頭を撫でられてようやくすべてが認められたと思った瞬間だった。
俺がしてきたことは、何一ついいことはない。
これから、辛いことの連続だったりするだろう。
けれど、俺はこのためにここまできたからこのままでいるためにも、俺はまだ努力していかなくてはいけないんだ。
「俺さ、何もかも捨てられてもリボーンだけは…手放せないって気づいた」
「気づくの遅すぎだろ」
「ううん、別れようって思った時にはそう思ってたんだ。俺は、一生離さないようにするために決意したから」
「そうだな、お前は変なところで頑固だった」
リボーンは笑って、フリーのヒットマンは廃業だなといった。
それでいい、もうリボーンは俺のだから。
「帰ろう、リボーン」
「ああ、そうだな」
この我儘を許してくれた隼人にもあとで礼を言っておかないといけない。
あと、骸や雲雀さんにも。
俺はたくさんの人に助けられてばかりだ。
けど、助けてもらわないと俺はやっていけないから、それでいい。