人が行きかう空港はいつもせわしなく、うっとうしげにため息を吐いた。
搭乗アナウンスに立ち上がる人物に近づいていくと気配を感じたのか振り返って俺を見つけたとたんがっかりした顔を惜しげもなく見せてきた。
「俺で悪かったな」
「当たり前だ、ツナが来てくれると思ってたんだがなぁ」
「何の連絡もしなかったくせにか?」
「まぁ、邪魔はしたくないからな」
家光はゆっくりと歩きながら苦笑を浮かべる。
父親なのに、どこまでも素直にならないやつだ。
いや、父親だからこそ見たくないかもしれない。
本当の真意はわからないまま、家光は日本に帰っていく。
「いいのか、いなくて」
「俺の方はもう終わったからな、やること終わったらさっさと隠居だ」
楽でいい、と笑ってふぁ、と欠伸をする。
「そういや、お前なんでここにいるんだ?」
「フラれたからな、見送りだぞ」
「そりゃどーも、ツナにフラれたのか?」
「ああ、隣に居られないからだと」
「ツナらしいな、さすが俺の息子だ」
どういう意味だといいたいが、あまり嬉しい答えは聞けなさそうで、会話を続けることはしなかった。
「じゃあな、会うことがあればツナによろしく」
「…ああ、会うことがあれば、な」
搭乗口へと消えていく家光の背中を見送って、俺は来た道を戻った。
これから何をするか、そんなのは決まっていた。
ツナから別れを告げられたことはそれなりに思うことはあるが、結局のところ本心ではない。
と、思いたい。
あんなことを言われて傷つかないはずはないのだ。
いくら、ヒットマンで裏切ることもたやすいといっても、信じていた相手からあんな風に言われて平気でいれる奴なんてそれこそ本気ではない。
「忘れるために仕事をするなんてのは、初めてだな」
最も、忘れることなんて言葉にしたところでできるはずがないのだが…。
ポケットに手を入れて、するりと出てきたレオンが慰めるようにすり寄ってくる。
「ま、試練なんだろうな」
あいつにばかり苦しい思いをさせてきているなと思った。
そして、俺はいつもあいつを見ているばかりなのだ。
見ているだけというのも苦しいんだぞと言ってやりたくなる。
そんなことを言ったところで、今の関係では何の意味もなさないのだが…。
俺がリボーンとの関係を解消したなんてことは一ヶ月もすれば屋敷中の人が周知する事実となった。
どこから漏れたのかはわからないが、リボーンについて口にするものが少なからずいたのに今ではその話題すらご法度のように思われている。
俺としては、リボーンという名前を聞かずに済んでいるのでいいのか悪いのか。
今のリボーンが何をしているのかわからないけれど、訃報が舞い込んでくることもないので、何もないのだと思っている。
「ねぇ、そこ違う」
「え、あ…ありがとうございます」
考え事をしながら書類にサインしていたら場所を間違えてしまったらしい指摘されて顔を上げればそこには雲雀さんがいた。
慌てて訂正していると、続いて部屋に入っていたのは骸だ。
どうしてか、この二人は図ってもないのに一緒になることが多い。
「綱吉くん、アルコバレーノと別れたというのは本当ですか!?」
「ん…そうだけど?」
噂を今聞いたのだろう骸はあわてていて、俺は問いかけに頷いた。
すると、信じられないという顔をされて、俺は少なからず傷ついた。
信じられなくてもなんでも、俺が決めたことなんだよ。
「どうしてですか、あなたはずっとそこだけは守ってきたじゃないですか。それとも、もうアルコバレーノのことなん「うるさいよ骸」
骸の言葉を遮るように雲雀さんの声が響いた。
雲雀さんは一睨みして目を伏せる。
「彼の言うことに口出しするな。選んだことをとやかく言っても仕方ないだろ、それより仕事をしなよ。君はここにいていいはずないだろ?」
「雲雀恭弥」
「それ以上ボスには向かうなら、僕が相手するよ」
骸が雲雀さんを睨み返して、その好戦的な態度に嬉しそうに笑うとトンファーを取り出した。
「ちょっと待ってください。仲間同士で争うのはだめです」
「つれないね、少しぐらいストレス解消に使ってもいいだろ?」
「だめですってば」
雲雀さんは楽しそうに言って、それでもだめだと首を振れば機嫌を損ねたわけでもなくトンファーをしまう。
持ってきたのだろう書類を机に積んで、骸の手を引いて部屋から出て行こうとするので俺が見ていないところでも駄目ですよ、といえば振り返って、小さい笑みを浮かべて見せた。
「君の意思なら、尊重してあげるよ」
それは誰のことをいっているのか、何のことについてそういったのか…わかるようで、わかりたくなかった。
骸はそれ以上なにも言わず、雲雀さんと二人で部屋を出て行ってしまった。
それから、少し言い争う声が聞こえたがそれ以上は何もなく音が遠のいて行った。
「雲雀さんはいつも抉ること言うよなぁ…」
まぁ、そこはよくわかっているのだが…。
今は何も考えたくない。
できれば、リボーンのことは少し後回しにしたいのだ。
やることはたくさんあって、一日で片付けなければならないのはもちろん、先を見据えていろんなことをやるようにと九代目から言われた。
九代目はもう俺のやることを見ようとしなくなった。
というか、全部まかせっきりだ。
俺が何をしていようと何も聞かないし、これ以上は何も教えることはないと、そういう風な感じなんだと思う。
現に俺はすっかり今の仕事が身について、まぁ小さな間違いはあるけれどちゃんと指摘してくれる仲間もいる。
みんなも教えてくれた人の手を離れて、最近では仲間としか顔を合わせなくなった。
感覚だけだけれど、そろそろなんだろうと思い始めてくる。
何もなければ、いい。
けれど、そういう願いだけは簡単に裏切ってくれるのだ。
「山本、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だぜ。ちょっとかすっただけだから気にすんな」
山本が撃たれたと担ぎ込まれたのを聞いて、俺は急いで救護室に走った。
そこではもう治療は済んでいて、山本は元気に答えてくれる。
包帯が巻かれているのは腹で、シャマルは苦い顔をしていた。
「山本、お前もう少しおとなしくしとけ。おら、寝ろ」
「わぁったって、ごめんなツナ」
シャマルに追い立てられ山本は隣室にあるベッドに移動していった。
他はバタバタとしていて、話を聞けるのは俺だけのようだ。
「何があったのか、シャマルならわかる?」
「俺も聞いただけだが、襲撃にあったみたいだな。顔は見ちゃいないらしいが、あと少し的がずれてなかったら死んでたぞ」
「っ…」
「あいつのあれは、強がりだ。まぁ、ばかなだけかもしれねぇが…判断は、お前がしろと。九代目が言ってきた」
椅子に座って、気だるそうに話すシャマルは内線を指さした。
とりあえず九代目に連絡していたのだろう。
俺は両手を握りしめ、こくりと頷く。
「絶対に許さない」
「…意気込むのはいいが、空回るなよ」
シャマルの言葉は俺の中に入ってきたが、その意味をよくわかっていなかった。