さらりと撫でる感触。
温かいぬくもりと、やさしい手つき。
いつもは、乱暴に殴るぐらいしかしないくせに…。
そう、これはリボーンのぬくもりだ。
頭はそう理解しているくせに目を開けることができない。
連日疲れ果てるほどの執務と射撃練習。予定があれば来客の相手。
九代目の代わりにすっかり俺がやるようになってしまって、九代目といえば腰を悪くして一日のほとんどを車いすで過ごしている。
本人はいたって健康らしくよく俺の顔を見に来るが、もう隠居しなければと呟いていたのを聞いてしまった。
だから、俺はもう少し頑張ろうと思ってそれがこのざまだ。
もう触れる距離にいるのに、どうして俺の手は伸びてくれないのか。
「…ん、んん」
ぱた、ぱた、と手を振ってみせるが上から小さく笑う声が聞こえてきただけだ。
俺の頭を触り続ける手首を何とか掴んだ。
「おい、ツナ」
「んぅ……り、ぼ…」
けれど、目は開いてくれずそのまま俺はその腕を抱くようにして布団の中へと引きずりこんできた。
懐かしい香りと、間近になったぬくもりに安堵して覚醒しかけて頭はすっかり深く落ちてしまっていた。
ジリリ、とけたたましい目覚ましの音が部屋に鳴り響いて嫌でも俺の頭は覚醒を余儀なくさせられた。
目を開けたが、真っ暗だった。
もぞりと上に伸び上がればようやく日の光を浴びることができて、ぼーっと日の差し込む窓を見た。
「昨日…いた」
リボーンのぬくもりは夢じゃなかった。
そう思う。
うるさくなっている目覚ましを止めると掛布の上にその証拠が置いてあって、俺はつい苦笑を浮かべてしまった。
「こんなの残してくぐらいだったら、無理にでも起こせばよかったのに…」
ボルサリーノはリボーンのトレードマークだ。
それをこれ見よがしに置いていくなんて、自分がいたことを思い出せと言わんばかりじゃないか。
起きて、ちゃんとこの目でリボーンを見ていたならもっと鮮明に覚えていたと毒づくが過ぎてしまったものは仕方ない。
俺は起き上がるとスーツに腕を通した。
今日は、炎真くんがくるといっていたし、いつもよりも少しのんびりした話ができるかもしれないと笑みを浮かべた。
炎真くんは数週間前ようやくイタリアに来たのだと連絡をくれた。
先代の使っている屋敷に仲間と一緒に住み始めたらしい。
そっちもそっちで、引継ぎやら何やら大変らしいが挨拶だけはと今日の予定をとりつけてきていた。
「楽しみだな…」
久しぶりの友人に、俺は心なしか心が躍った。かつては、敵にもなってしまったが、俺の中で同じ境遇の友達なのだ。
それは何年経とうと、離れていようと変わらないつもりだ。
だから、遠い地に来て会えるのを楽しみにしていた。
「綱吉さん、朝食の準備ができました」
「うん、今いく」
俺を呼びに来てくれた獄寺君と一緒に食堂に向かった。
みんな集まっている顔ぶれを見て変わりないことを確かめると朝食を食べた。
それから、午前は一日にやるべき書類整理と追加の書類、雲雀さんに仕事が遅いとつつかれながらも終えると昼食をとり炎真くんが来ると応接室へと移動する。
「久しぶり、ツナくん」
「久しぶり、炎真くん」
向かい合って座れば、にっこりと笑って、久しぶりにこんなに安心する人と一緒になったかもしれない。
ディーノさんはどこか腹を読んでくるし、白蘭は警戒しておかないと何かつけこまれそうだし…。
ザンザスに至っては、どこで機嫌を損ねられるかとびくびくしていたからだ。
「なんか、ツナくん立派なボスだね」
「まだまだ、全然覚えることたくさんだよ」
「うん、僕もそれは思った。ここに来てからすごく忙しくて」
「それなのにこっちにきていいの?」
「うん、気分転換にって」
えへへ、と笑っている。
たぶん、気が抜けたのはお互い同時だ。
なんとなく、同じだと認識しているからどこか安心して気を抜いてしまう。
でも、炎真くんははっとして背筋を正すと頭を下げた。
「これからも、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
つられるようにして頭を下げ、顔を上げると同時に目があい、へらりと笑ってしまった。
「なんか、かっこつかないな」
「いいよ、俺も炎真くんといると気ぬけちゃって」
同じだ、と笑うと炎真くんも笑って、そこから緊張が緩んだのか仲間の近況を話してくれた。
こちらも、話せる限り笑い話で話して、気づいた時には陽がとっぷりと暮れていた。
「あっ、こんな時間だ。ごめんね、仕事の手を止めちゃって」
「ううん、俺も気分転換になったから。今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、時間開けてくれてありがとう」
立ち上がる炎真くんを玄関先まで送って、迎えに来たアーデルハイトとともに帰っていくのを見送っていた。
見送った後大きく息を吸って吐くと、何だか胸の中がすっと軽くなったような気がした。
最近いろいろと思い詰めていたりしたせいか、今日は他愛ない話だけどたくさん話せて気が楽になっていた。
「綱吉…さん?」
「ん?どうかした、隼人?」
「いえ、なんだか今日は楽しそうに話していらしたので」
「うん、すごく充実してたよ。久しぶりに仕事以外のことで笑った気がする」
楽しかったなぁ、と話せば、獄寺君の顔がある一点を見つめて固まってしまった。
なんだ、と俺もそっちを見ればそこには昨日俺の寝ている間に来て顔も見せず帰って行った男が、立っていた。
「え、なん…」
「なんだ今のは」
「へ!?なにが?…ちょっ」
いきなり睨み付けられたかと思うと腰を掴まれて担がれた。
俺が暴れるのも意に介さずどんどんとリボーンは俺を運んでいく。
獄寺君に助けを求めるが、すみませんと手をとってもらうこともできず、俺は乱暴にベッドにおろされて見上げた瞬間にはリボーンが覆いかぶさってきた。
「なっ…なに」
「俺以外に笑うなとは言わないが、同盟とはいえほかのファミリーに弱みを握らせるな」
「炎真くんはもうそんなんじゃない」
「わからねぇだろ」
「わかるよ、友達なんだ」
なんでリボーンに友人関係まで口をだされないといけないんだと強気に出るとリボーンは舌打ちして、ぶつけるようにキスをしてくる。
油断していた俺は唇を割り開いてはいってくる舌に舌を絡められて、突然の刺激にじん、と身体がうずいく。
「は…りぼーん」
「俺は、恋人だろ」
唇を離して呟かれた言葉に、胸をしめつけられた。
あれから、俺たちは碌に会いもせず半年が経過していた。
だから、正直このシチュエーションは願ってもないことだ。
なのに、リボーンの言葉が俺を苦しめる。
俺は、一度プロポーズをふいにされているのに、恋人のままでいるのには少し苦しかった。
「リボーン、俺たち別れようか」
「なに言ってんだ」
「別れ話」
「やめろ」
「だめだよ、今の俺はまだリボーンの隣になれない…から」
「おい」
「ごめん、ずっとふりまわして…ごめん」
リボーンは焦って俺の言葉を止めようとしたけれど、俺は目を見れないまま全部を言い切った。
炎真くんに感化されたわけでも、自棄でもない。
これは俺が冷静に考えて出した答えだ。
「でも、恋人早く見つけてね。俺のこと、全部忘れてほしい」
「…言われなくても、忘れてやるぞ。安心しろバカツナ」
リボーンはあまり激昂することなく俺の上を離れると苛立ち紛れに部屋を出て行った。
外からバイクの音がして、リボーンが屋敷を離れたのがわかる。
俺は濡れることのなくなった頬を撫でて、カレンダーを見た。
俺がここにきて、三年になるまであと半年を切っていた。
「早く忘れて、でないと…俺が、すぐに迎えに行くから」
本当に嫌いになったわけじゃない。
でも、ここで甘えてしまったらいけないと自分を自制したのだ。
たとえ、リボーンが望む形にならなくても、俺はリボーンを想うことを忘れないだろう。
離れられないのは、こちらだって同じなんだから。