本気でやらせてもらうという宣言通り、俺は次の日からいろんな経験を積ませられた。
みんながどういう役割を担っているのかというのはもちろんのこと、ボスとしての仕事のしかた、身の振り方を特に教え込まれた。
父さんもいつだったか顔を出しにきたけど、邪魔だと追いだした。
九代目には笑われたけれど、子供のこんな姿を見たい親なんていないと思ったから。
俺の自己満足でしかなくて、もし、このことで父さんが気に病むことがあったらそれは違うといってやりたい。
俺は、なりたくてなったから。
リボーンが始まりで、と言い訳をつけることは絶対にしない。
血なまぐさいことはあとで、と先に宣言されて三ヶ月間はひたすら同盟ファミリーのボスと顔合わせだ。
少し前までは、子供相手の対応だったのが一変、九代目が新生ボンゴレ初代になると紹介されたとたんみんなは曲げていた背筋を伸ばしていた。
俺の対応も、子供のそれではなく俺をボスとしてみていた。
最初こそ俺はとまどっていたが、何度かそれを繰り返すうちになれてきて、途中までは九代目がいてくれたりしたが、最近では話が盛り上がってくると席を外すようになった。
それは、暗に俺に任せてくれているのかもしれないと勝手に思っている。
九代目は何をするからと宣言はしない。
ただ、俺の反応を見て俺に合った返事を返してくるのだ。
「あ、ディーノさん」
「よぉ、ツナ…じゃなくて、新生ボンゴレプリーモ」
「は、はい」
その日はディーノさんが呼び出されてきたらしい。
少し前までキャバッローネにいっていた俺からすればあまり間を開けずに会うことになった人だ。
前に俺を迎え入れてくれた、兄貴分としての態度じゃなく確実に俺の方を上に見ている態度。
少し度惑いながら、差し出された手を握ると力強く返してきた。
それが、信頼の証のように思えて顔を上げるとにこっといつもの笑みを浮かべる。
「すっかりボスらしくなったじゃねぇか」
「いえ、そんなことは…まだまだ分からないことばかりです」
今日は最初から九代目は席を外していて、あまり気負らずディーノさんと話すことができた。
「少し見ないうちに、すっかり大人びたな」
「そうですか?」
「ああ、けど心配だな。あまり溜めこむなよ、悩みなら聞いてくれる奴はたくさんいるだろ。ほかに話せないようなことなら俺に言え。何でも聞くだけならできるから」
「…ありがとうございます」
ドジなところを見ては、この人が兄貴分なのか…と思っていたことも結構あったけれどこの時ばかりはディーノさんの言葉に救われた気がした。
本心から言ってくれた言葉じゃなくても、今の俺には救いの手のひらのように安心させてくれる言葉だった。
「あの、さっそく聞いてもいいですか」
「おう、何でもいいぞ」
「リボーンは、どこにいるんでしょうか」
俺がこうしてボスとしての役目を始めてからリボーンにはまったく合わなくなった。
屋敷で顔を合わせることもあったのに、今ではそんなことすらできなくなっている。
俺が自室に戻る時間が深夜に差し掛かることもあって、リボーンとすれ違うこともなく。あの時、別れたままになっている。
いい加減仲直りなり、なんなり決着をつけたいところで…会って何を言うのかといわれても今すぐには浮かんでこないが…。
とにかく、リボーンに会いたかった。
ずっと顔も見ていない、そのうちどこかで野たれ死んでいやしないかと心配になる。
「リボーンとすれ違い始めてからもう三ヶ月以上経ちます。いい加減にもほどがあるし、言いたいことはたくさんあるし…どこにいるかさえわかれば、俺は会いに行くことができる」
「つまり寂しいわけだ」
「…寂しくない、わけないじゃないですか。仮にも恋人なんだし、いい加減俺を避けるなんて子供じみたことやめて出てきてくれないと…」
俺が切実に言っているのに、ディーノさんはじっと俺の話を聞いてくれてひとしきり吐き出し終えるとぎしりとソファをきしませた。
「そうだな、俺も大事な家庭教師だ。あいつが幸せになんねぇのはいろいろと納得できないからな…けど、それは自分でやるもんだぜ」
「自分で…」
「そうだ、助けてやりたいのはやまやまだが…それは、ツナが自分自身で掴んでいくものの一つだ」
自分自身で掴む…ディーノさんの言葉が頭の中に響いてきた。
「俺にも…できますか」
「できるぜ、むしろリボーンは待ってるんじゃないか。はやく立派なボスになるのを」
「待ってる…」
「不本意だとは思うけどな。恋人をこんな風にしたくない気持ちがあることも確かだ。でも、このまま中途半端な気持ちじゃ、会うこともできないんだろ」
あいつもあいつで頑固だからな、と笑うディーノさんに緊張していた気持ちが和らいだ気がする。
思えば、何かあればすぐリボーンを求めていた。
俺は少しばかりリボーンに頼りっぱなしだったのだ。
ここが一番乗り越えなくてはならない壁なのだとしたら…俺はまだリボーンに会えない。
「寂しさも、乗り越えないとだな」
「はい…俺は、俺の理想に近づけるように、なります」
「ああ、期待してるぜ」
くしゃくしゃと頭を撫でられて笑顔を浮かべた。
するとそれを見計らってたかのように九代目が入ってきて、今後の周りの動向や、注意するべきところなど真剣な話に変わり、俺はそれも聞き逃すことなく頭に叩き込んだ。
ほどなくして話し合いは終わりディーノさんは帰って行った。
「綱吉くん、君は支えてくれる周りもちゃんと見なければだめだね」
「…九代目」
「リボーンはいわば、最強の手札といえる。それにいつまでも頼っていては、強くなれないんだ」
「わかっています」
わかってはいるけれど、長年頼ってきてしまったからそれが染みついているのもある。
いつも、どこか俺の手の届くところにいてくれたリボーン、それは俺に唯一見せてくれた甘い部分だったのかもしれない。
「さて、そうと決まれば次の仕事だ」
九代目は楽しそうに俺を執務室に連れてきて山のようにおかれた書類に俺はさすがに、少しわかってきたことがある。
「九代目、俺に仕事押し付けてません?」
「ははは、ようやくわかってくれたか。綱吉くんが気づいてくれてうれしいよ」
けど、半分も負担しないんだな…と俺は笑う九代目にあきれつつ今日の業務を開始したのだった。
「おや、今日は君が座っているんですか」
「風、どうしてこんなところに?」
「すこし呼ばれまして届け物を…なんだか、夢が現実になるような気になってきましたね」
「夢なんかじゃないよ、目標だ」
控えめなノックに返事を出す前に開いたドアの先には風がたっていた。
いつもと変わらず笑顔で俺の近くに来ると書類を眺めていた。
雑談を交えながら、少し近況を話してくれ、風は楽しそうに笑う。
「そっちは今何してるんだ?」
「イーピンと一緒に道場の師範を暇なときにしている程度ですよ。大体は、こっちに時間を費やしていますがなかなかに充実しています」
「へぇ、稽古つけてくれるなら俺も行ってみたいな」
「ふふ…その身体では、イーピンにすら勝てませんよ」
「勝とうなんて思ってないってっ、ちょっとだけ身体を解せたらなって思っただけで」
風の言葉はもっともで、俺はあわてて言い足しながら首を振った。
「なら、いつでもいらっしゃい。私がいなくてもイーピンはいますから喜びます」
そういって、道場の住所をおいて風は帰って行った。
それは近くの番地を示していてイタリアで道場なんか開いて人が集まるのか、とても心配だったが暇なときにでも行こうとそっと机にしまった。
今は少し、リボーンのことは忘れて…自分の目標まで一目散に振り返らずに。
すべては、お前のために…。