自分の愛銃の手入れはいつも欠かせない。
自分の命を預けているといってもいいものだ、万全の状態を常に維持しなければ自分が殺されてしまう。
「なんだ、リボーン。浮かない顔してるじゃねぇか」
「あんたには関係ないだろ、家光」
「確かにな、けど綱吉をあっちに預けてるんだ、少しは話しろよ」
俺の隣に座ってきたのは家光だ。
門外顧問はそろそろ引退だといってバジルに自分の仕事を教える傍ら、俺の面倒も見ている。
というか、こいつがだらしないせいでどっちが面倒を見ているのかわからないぐらいだが…。
「会ってきたんだろ」
「息子にプロポーズされたぞ」
「…はぁ、ツナもそんな年頃か…って、お前にか!?」
「ああ」
「もちろん、断っただろーな?」
「…ああ、当たり前だろ」
そうだよな、よかった、と安堵する家光に俺は内心ため息を吐いた。
あの日、ベッドでの言葉が嬉しくないはずがなかった。
俺はいずれ期限が切れる、ここにはいれなくなる。それも、ツナがボスになるまでだ。
今のツナに言われても返事はできない。
あいつもそれはわかっているはずだ、突き放すのには苦しくて…それでも、馬鹿言ってんじゃねぇと声に出すのが精いっぱいだった。
あいつはどうとったのかわからないが、俺はあれからツナと顔を合わせてはいない。
会おうと思っても、あいつが避けているせいでそれもままならなくなっていた。
「って、それはリボーンのことをツナが好きってことか!?」
「いってなかったか、恋人同士だぞ」
「おい、なんで断った」
俺のかわいい息子を振るとは…とかなんとか今度は泣き出した父親に俺は深いため息を吐いた。
大体、こいつは俺たちが付き合っているといわなくても知っていただろうに。
そうして、黙認していた。
「言っただろ、当たり前だからだ」
俺が言わんとしていることがわかるのだろう。
家光はそれ以上いうことはなく、立ち上がった。
「あのな、俺は家のことなんかさっぱりだからお前らのことには口も出さないつもりだが、これでもツナはかわいがってるんだ。最後の最後で同じことしてみろ、一発どころじゃねぇからな」
「ハッ、あいつが一度振られたのにリベンジする玉か?」
「正直わからん、けど、気持ちが変わらなきゃ…するだろ?」
家光に聞かれて、俺は何も答えなかった。
俺は、ただ逃げているとわかってもそれでいいと感じていた。
今は、応えることができない。
「ところで、バジルの様子はどうだ?」
「ツナに教えるよりましだな。俺は、あいつを甘やかすしかできないから」
「親ってもんはそんなもんだぞ」
「オレガノにも教えることはたたき込んだ、俺がここを離れる準備も整ってきた」
「本望、だろ?」
「それと引き換えにしたものが大きすぎる、な」
寂しげに言われた言葉に、俺は目を伏せることで会話を終わらせた。
家光はそっと部屋を出ていき、一人残された部屋で俺はソファにもたれ天井を仰いだ。
「こっちは、もう終わりだ」
バジルの呑み込みが早いおかげでツナより早く準備が終わった。
最も、ツナの方はまだまだ覚えなければならないことが山ほどとある。
時間を切り詰めて作った逢瀬をあんな形で終わらせることしかできなかった自分に苛立ちを覚える。
好きなのも、惚れているのも、嘘偽りない真実。
でも、それを押し込めてしまわないといけないほど今の状況はツナの有利に動いていない。
まだ時間が必要だった、俺にはああ答えることしか…できなかった。
これで壊れてしまっても、きっと運命だったと受け入れるしかできないのだろう。
唇を噛むと、鉄の味がした。
この時季は切れると治りが遅いのに、とどこかでは考えていてそれなのに、頭の真ん中ではあの時のツナの悲しい表情が胸を痛め続けていた。
「手が止まっていますよ」
「あ、すみませ…って、骸!?」
てっきり九代目かと思って返事をした言葉を止めて目の前にいた人物に驚いた声を上げた。
「なんですか、人をお化けみたいに」
「いや、なんか久しぶりに見たから…それに、お前がまだここにいたってことに少し感動してる」
「まったく、君は本当に僕を怒らせるのが得意ですね。一度言ったことは曲げない、僕は嘘が嫌いなんですよ」
「嘘ついたことあるくせに?」
「昔のことは忘れました」
都合のいいことを言って、骸は俺に報告書を持ってくると背を向けて執務室を出て行こうとする。
俺は、意外なものに驚いて今度は椅子を立ち上がった。
「骸、任務に行ってきたのか?」
「そうですよ、僕にもちゃんと仕事はあるんです」
舐めないでください、と言い捨ててそのまま部屋を出て行ってしまった。
守護者は続々と任務を始めていた。
いつまでも教えてもらっているだけでは力がつかないからという、九代目の意向でもあった。
それは同時に、仲間が危険にさらされることを意味している。
俺は納得できなかったけれど、俺の意思を無視してそれは開始されているらしい。
心に入り込んできた痛みに、小さく息を呑んだ。
俺は、まだ思うように動けていない。
そしてさっき上の空になって考えていたことがよみがえってくる。
あのホテルであった日、俺はその雰囲気に流されてプロポーズまがいなことをした。
結果、馬鹿を言うなといわれてしまってその場はそれで終わった。
と同時に、俺の中の何かも終わってしまった気がする。
まだ、時間が足りなかったのかもしれない…なら、いつならいいんだろう。
ひとしきり流したはずの涙が溢れそうになって、あわてて瞬きしてそれをやりすごす。
「もう忘れるって決めただろ、少なくとも…今だけは」
忘れられなくても、優先順位は決められるだろうと自分を諌めた。
首を振って浮上する考えを振り払うと目の前の書類に向き合った。
みんなが、少しずつ前進しているのに俺はまだ止まったままな気がして、必死に追いつこうとするのにいつまでも後ろだ。
背中が遠い。
俺だけが、取り残されているようだ。
「これも、いつの間に書けるようになったんだよ」
報告書をちゃんと作成して、しかも仕事をちゃんとまっとうしているのだ。
骸は一番ここの空気になじめないと思っていたのに。
俺の知らないところで、みんなは成長している。イタリアに来て、それをまざまざと見せつけられている。
時間が足りないと思った。
俺は自分のことであれこれ考えるより先に、やることが多くて、きっと俺は逃避していたんだ。
「綱吉くん、どうかしたのかね?」
「九代目…」
「随分焦っている顔をしている」
「あの、俺にもっと全部教えてください。回りくどいやり方じゃなくて、はっきり」
俺は部屋に入ってきた九代目をまっすぐに見つめてしっかりと口にした。
今までしてきたことが全部無駄だったとは思わない。
ただ、俺は理解力がないからもっとしっかりと示してほしいと思っただけだ。
九代目はにっこりと笑うと俺の頭をくしゃりと撫でた。
「気づいたのか、なら…次からは本気でやらせてもらおう」
「最初から、そうしてくれてよかったです。俺は、覚悟ができてるから」
きっと、俺は覚悟を試されていた。
ようやく、全部分かった気がしてそんな甘い自分に嫌気がさした。