◎ 華妬
静まりかえる日本家屋の一室で俺は小さな物音で目が覚めた。
昼間はここにいる患者のお陰で騒がしかったりするのだが、深夜ともなればさすがに家鳴り以外は耳にすることがないはずだった。
けれども、俺は首を振って部屋を確認して、ため息を溢す。
「また、いない…」
常日頃忙しくしているリボーン。
毎日のように運ばれてくる患者の面倒を見つつ、俺の相手をして、俺は俺で覚えた仕事をこなしていて、夜は疲れてしまう。
娼妓だったのに、そっちの相手ができていないのだ。
そしたら、リボーンが夜になると布団から抜けだしていくのに気付いた。
何をしに、どこに行っているのだろう…。
こんな深夜に開いている店なんて限られ過ぎて考えたくない。
だって、俺はそんな世界にいたのだから。
俺がここに来てからあまり外に出してもらえていないし、そもそも俺自体外に出たいという欲もなかった。
特に何の趣味もない俺にリボーンは飽きてしまったのだろうか。
「どうしよう…いきなり、もう一人身請けしてきたとか言ったら…」
俺以外にこうして暮らす人間がいる。
考えただけでもやもやとした気持ちが湧いてきて、俺は一人の布団の中で丸くなった。
胸が痛い、これは嫌な感覚だ。
「っ…リボーン、俺に飽きないでよ…」
俺はここしかなくて、リボーンの傍にいることが俺の人生なのに…。
頬を流れる涙が、枕を濡らしていく。
それを止めることができる男は今いない。
朝方になって、そっと布団の中に戻ってくるのだ。
そして、何食わぬ顔で仕事を始める。
身体も心配だし、なにより俺がみじめだった。
それが一週間ほど続いた日のこと。
かたり、という音で俺は目が覚めて抜けだして行こうとした男の服を掴んだ。
正直俺は寝起きの様な感じで、しかも前日には急患が来て走り回ってたおかげで身体がだるい。
けれど、放っておけない。
俺がいるのに、他の男だか女を抱くなんて…俺のプライドも許せなかった。
「どこ、いくんだよ」
「綱吉…」
「毎日のようにでていって、俺に何隠してるんだよ」
リボーンは振り返って俺が起きていることにため息を吐いた。
そんなに見つかるのがまずかったのかっ!?
俺は身体を起こして、どうしても行かせまいと腕を伸ばせば今日はもういかねぇよと宥めるように背中を撫でられる。
今日はとか、明日は?俺はもういらないの…?
「リボーン…浮気してる?」
「……はぁ!?なんでそうなる?」
「だって、夜に抜けだすなんて…それこそ、遊郭に遊びに行ってるとしか…」
俺は自分の不安を口にすればいきなり笑いだした。
しかも少しじゃ収まらないらしく腹を抱えて笑いだすから俺はすっかり目がさめて恥ずかしくなった。
何か俺は勘違いをしているのだろうか…。
「リボーンが言ってくれないから、わからないんじゃないか」
「ははっ…んん?」
「リボーンが、俺を不安がらせたんだっ」
これぐらいで泣くなんて、と思うのに瞼がじんわりと熱くなって視界が歪んでいく。
せき止めていた涙がぽろぽろと溢れて、止まらなくて俯いてそれに耐えていると、笑い終わったリボーンの手が俺の頭に添えられる。
そうして、くしゃくしゃと撫でられてそのまま頭を引き寄せられて肩に押し付けられる。
近くに感じる温かさに俺はリボーンの服をぎゅっと握って泣きだした。
「ふぅっ…んっ……っ」
「悪いな、不安がらせて…でも、浮気とか…絶対ねぇから安心しろ」
溢れる涙がリボーンの服を濡らすのも構わずに宥めるような声を出して囁いてくる。
俺の呼吸に合わせるように背中を撫でられているうちに俺は落ちついてずびっと鼻をすすりながらようやく顔を上げることができた。
「じゃ、あ…何しに…?」
「もうすぐ年の瀬だろ?お前に仕掛けでも作ってやろうと思ってな」
涙の痕を指先でなぞりながら言われた言葉に俺は驚いた。
確かに、仕掛け…着物を作るのなら遊郭近くの店なら深夜までやっているものもあるだろう。
店によっては様々だが、羽振りのいい客などはよくそこから注文したりするのだ。
「俺、もう娼妓じゃないよ」
「そんなの身請けした時からわかってる、けどな…こうして、ずっと尽くしてくれてるお前に俺から贈りたかったんだ」
「そ、だ…俺は、リボーンといれるだけで…いいのに…」
「そう言うと思ったから、内緒で用意してたんだ」
ため息を一つ吐いて、ちゅっとキスをする。
甘いキスに目を閉じると頬を撫でられて、唇を薄く開けば舌が入り込んできて甘く絡ませてくれる。
吸われて、服を握る手に力がこもる。
このままやるのかと薄眼をあけてみれば、リボーンはじっと俺を見つめていたようだ。
「っ…もう、趣味悪い」
「いいだろ、お前の全部を見せろ。俺はいつまでもお前を愛でていたいんだからな」
「そんなの…時間が経ったら無理だろ」
唇を離したリボーンの言葉に笑みを浮かべる。
いくら綺麗にしているからと言って、いつまでもこんなことができるわけじゃない。
男だからひげもはえるし、身体だって衰える、こんな風にいれるのだってあと十年あるかないか…。
そしたら、いきなりリボーンに鼻を摘ままれた。
「なっ…」
「そんなわかりきったことでいまさら落ち込むな、男とか関係なく人間歳を重ねれば相応に衰えていくんだ。それでも、俺は好きでいるって言ってんだよ、素直に喜んでおけ」
じっと目を見つめて言われて、つい息が止まる。
そんな唐突にそういう告白をしないでほしい。
心臓に悪い…。
「でも…」
「でもも、いらねぇ。受け取れよ、もうあとは引き取りに行くだけなんだからな」
手をとって指先に口づけられた。
引き取りに行くって…もう、お金も払ってしまったのかと思えば仕方なくため息を吐いた。
もう、あきらめるしかない。
「似合わなくても知らない」
「似合うようにしてある、心配するな」
リボーンの腕が俺の肩を押して、布団に押し倒される。
今日はいかなくてもいいのかと視線で問えば、今日でなくてもいいと言われて俺の浴衣に手を伸ばしてくる。
「っていうか、今さらなんだけど…俺は浴衣でリボーンはパジャマっておかしくない?」
「いいだろ。そもそも着物の方が着慣れてるとかなんとか言ってたのは誰だ」
「…まぁ、習慣だったし…」
だったらもういいだろと言って一気に肌蹴させられた。
晒された胸に顔を寄せてくるリボーンを見つめる。
この開発されきった身体をいつになってもリボーンは大切にしてくれる。
こんなに愛されて捨てられるとか考えていた俺はばかみたいだ。
愛おしげに胸を弄るリボーンを可愛いと思ってしまえばリボーンの頭に手を伸ばして頬を撫でる。
「なんだ?」
「いや…かわいいな、と」
「………余裕だな、だったら前戯は必要ねぇか」
「ちがっ、ああっ…リボーンッ、いきなりぃ…」
リボーンの気に触れたらしい、いきなり自身を掴むと勢いよく扱いてきて、一気に身体が反応する。
いつものように身体が熱くなって自然と膝を曲げて、自分でそこを晒すようなポーズをとる。
リボーンに触られただけで後ろが疼く。
忙しくしていたため久しぶりの行為だ、常に後ろはいつでも受け入れられるようにしているし、それほど俺の身体は我慢できないと思っている。
それなのに、こんなに間を開けているのはリボーンでないとこの身体が満足できなくなったから。
リボーンにしかこんなに熱くならないし、リボーンしか欲しくない。
だから、リボーンが忙しければそれだけ俺も我慢しているわけで、こうして触られてひとたまりもないのは仕方ないと思うのだ。
「はっあぁっ…だめ、イくっ…イくぅっ」
リボーンは反応する俺を楽しむかのように扱き続けて、俺は先に白濁を放っていた。
そして、その白濁をすくい取ると後ろに塗り込んでくる。
ぬちぬちと明らかな水音が聞こえてくるが、俺にはそれが興奮材料だった。
「あっ、ああっ…りぼーん、りぼーん…もっと、して」
「放っておきすぎたな」
「んっ、そう、だよ…もう、おれ…」
触られるたびにじくじくと痺れる秘部に快楽で涙をためた目でリボーンを見上げる。
早く欲しいと訴えたくて見つめていると、リボーンの指先が俺の感じるところに触れた。
「あーっ、やぁぁっ…そこ、ばっかぁ…」
「ここが気持ちいいくせに、ほらっ」
「あぁぁっ、やめっ…りぼーん、指じゃ…やぁっ」
指先がそこを掠めるたびびくりっと反応して身体が熱くなっていく、また出そうになって首を振るとリボーンの腕を掴んだ。
はやく、と喘ぎ交じりに囁くと何かを耐えるように眉間にしわを寄せている。
「リボーン…はっ、ほし…」
「くれてやるよ…しっかり掴まってろ」
秘部から指が抜けてパクパクとしているのが恥ずかしくて両手を伸ばし首に腕を巻き付けて引き寄せる。
でも、しっかりとそれをみられていたらしくふっとリボーンは笑って秘部に自身が触れ、一気に突き上げてきた。
「っ…ああぁああっ!!」
「こっちだって、溜まってんだ…たっぷり朝まで可愛がらせろよ」
耳たぶを甘噛みしながら囁かれた言葉につい、手加減はしてほしいなと思いつつ、俺は求められれば受け入れてしまうのだ。
リボーンが気持ち良くなってくれるのなら、どんな風にされてもいい…なんて。
そんなことを思うなんて思ってもいなかったことだ。
最奥を突き上げてくる熱いものに俺は呼吸もままならなくなってギュッと抱きしめる。
リボーンの腕もしっかりと俺の背中に回っているから安心してこの行為に没頭できる。
俺の全部を受け止めてくれる人…だから、俺もリボーンの全部をもらいたい。
「すきだよ、リボーン…捨てないでね」
「誰が捨てるかよ、一生大事にしてやるから…覚悟しとけ」
ちゅっとキスをして突き上げる動きが激しくなり二人で高みへと登っていく。
最後はしっかりと指を絡ませて握り、二人で果てた。
一回だけでは飽き足りず二度目の再開には俺はよろこんで応えた。
求められることがどれほど、嬉しいか。
身体も心も大事にされて、俺は本当に幸せ者だと再認識したのだった。
後日、しっかりと届いた仕掛けに俺は袖を通していた。
明るすぎず暗すぎない水色の生地に銀糸の模様。
細部にまで施されたそれとちらちらと舞う桜が良い色合いだ。
いくらだったのか…なんて着心地で安いものだとは到底思えず、ほうっとため息を溢すばかりだ。
自分に作られているゆえ、無駄遣いを咎めることもできない。
「どう…ですか」
「ああ、似合ってる」
「でも、桜って…時季外れじゃない?」
「毎年冬に買ってるから柄が似通ってきただろ。これはもう少し暖かくなったら着ればいい」
リボーンに腰を抱かれながら問いかければ納得いく答えが返ってきた。
たしかに、これは少し薄手だ。
冬に着るにはちょっと寒い気がする。
そう言いながら、キスを受けてリボーンが帯に手をかけてくる。
前で結んだそれを解かれて、優しい獣に食べられる準備をするのだった。
END