パロ | ナノ

 華淡1

後ろ姿が、綺麗だと感じた。
真っ直ぐ伸びた背筋、何者にも汚されたことのない黒髪。
凛としているにもかかわらず、雰囲気は気怠げで、綺麗な着物を物ともせずに引きずっていた。
そして、振り向いた彼は仲間の俺を見るなり鋭い目を細めて笑みを浮かべたのだ。

「ひばり…さん」
「歓迎するよ、綱吉」

俺がここにくるころには、立派な傾城だった。
いつも綺麗な着物を纏って、でもいつも裾を引きずって、誰も近寄らせない、雰囲気。
だから、俺は禿として雲雀さんの下についたときはどうしていいかわからなかった。
髪は伸ばさない主義らしく櫛をかけることもなく、着物も自分で身につけてしまう。
俺がいけないことをしたら叱るけど、その他のことには興味がないようだった。
でも、あるときをキッカケに俺は雲雀さんと近づくことになったのだ。



「やめてくださいっ」
「いいじゃねぇか、溜まってんだよ。あいつはまだこねぇし、相手できるんだろ?」

その日はちょうど、二人のお客様が重なって、雲雀さんの代わりにもう一人の客に俺がついていた。
けれど、その客は品がなく遊びを放って俺を無理やり組み敷いてきたのだ。
知識としてはある、だがここは禿に手を出してはならないルール。
もちろん、この客はわかっててやっているんだ。
どうせ、誰かがきたところで客一番、俺が悪くなってしまう。そしたら、もちろん仕置き部屋行き。
それだけは嫌だと、必死でもがいた。

「暴れるな、客に刃向かっていいのか?」

耳元で脅されて俺は動きを止めた。
客が刃向かわれたと店に訴えればそれでも処罰だ。
なんでこんなに廓事情に詳しいのかと泣きそうになる。
こうなる前に上手くかわしておけば良かったのだ。
大人しくなった俺の首筋へとねっとりと気持ち悪い舌が這う。

「…っ…ばりさ…」
「ん?」
「ひばり、さんっ…」
「くるわけねぇだろ?諦めるんだな」

二つ先の部屋では宴会騒ぎだ、そんなところへと声が届くはずもない。
けれど、俺にはもう呼べる名前もなかった。
誤解されてもいい、ただこのまま奪われてしまうのだけは嫌だ。

「まったく、何してるんだい?」
「ひばりさん…」
「これは違うぜ、こいつから誘ってきたから相手してやってたんだ。雲雀、お前なら信じてくれるだろ?」
「そうだね、けど生憎綱吉はそんな手管持ってない。それに、君なんか誘う価値もないことぐらい、綱吉はよくわかってるよ」
「え?」

いきなり障子が開け放たれたかと思ったら、着物を着崩した格好で雲雀さんが現れ、てっきり客の話を聞き入れるかと思ってたのに、雲雀さんは男の襟首を掴むと廊下へと放り出し、俺に手を差し伸べてきた。

「禿って、案外世話が焼けるね」
「すっ、すみませんっ」
「別に、綱吉はディーノの相手してきて。僕はこいつの後始末しなきゃいけなくなったから」
「ひっ…娼妓が客に楯突くのかよっ」
「それ相応のことをされたからね、当たり前だろ?」

俺はふらふらとした足取りでディーノ様のいる部屋に向かえばひどくおどろいた顔をして、それでも優しく接してくれた。
たぶん、それがキッカケ。
それから、俺は雲雀さんといることが多くなって、それが当たり前になっていた。

「そろそろ、水揚げだね」
「…はい」
「心配しなくていいよ、優しそうな人を選んで上げたから」
「雲雀さん、選ぶ権限持ってたんですか?」
「もってるわけないでしょ?口出す権限はあるけど」

なんだそれはと突っ込めば雲雀さんも笑っていてこの時が俺にとって一番楽しいときだったのかもしれない。

「ねぇ、綱吉」
「はい?」
「一人でなんでもするんだよ」
「雲雀さんよりはできるので、安心してください」
「そうだね、君は性格が優しいから…そこを気に入ってくれる人がいるかも…」
「どうかしたんですか?」
「いや、元気でね」
「いつでも、会えますよ」

水揚げの前の日呟いた雲雀さんの言葉が頭に響いた。
どうして、そんなに寂しそうにするんだろう?
その疑問は直接口にするとこなく、水揚げを終えしばらく経ってようやく気がついた。
雲雀さんは孤独だったんだと。

「孤独ってなんだ?」
「うん、傾城になってみるとわかるんだ。雲雀さんがどんなに大きな存在かって」

当時からずっと雲雀さんはあの店のトップで居続けて、それは今も変わりはないらしい。
だから、当然俺がそうそう会いに行ける人ではなかったんだ。
少しきっちりとした着慣れないスーツに着替えながら、昔話に興味をもったリボーンの問いかけに答えながら物思いに耽る。
今日は紋日だ。
雲雀さんとの手紙のやりとりで、俺は招待されていた。
…俺は、だけど。

「じゃあ、売り始めたころからは話すことすらしてなかったのか?」
「そうかも…なんだかんだ忙しい人だったし」

だから、今回の誘いは嬉しかった。
雲雀さんの中にはちゃんと俺との思い出もあるんだとわかったから。

「でもな、紋日に呼ぶ必要ねぇだろ?まぁ、招待券みたいなもんがあるから普通の客よりはましだが…」
「リボーンはこなくてもいいんだよ?俺が呼ばれてるんだから」
「お前を一人あいつらの前に差し出すぐらいなら俺も行く」
「…別にとって食われる訳じゃないんだから…」
「ヒバリならやりかねないぞ」

そんなことはないと思うのに、リボーンの独占欲が嬉しい。
今回呼ばれているのはディーノさんもいるらしく、彼が車を出してくれるそうな…。
全部雲雀さんが言っていたことだけど。
上手く着れたのをリボーンに見せればネクタイを少し直されて、褒めるように頭を撫でてくる。

「雲雀さんはそんなんじゃないのになぁ」
「考えてみろ、ツナ。あの時は同胞、でも今のお前は客の立場だぞ。どうなるかわからねぇじゃねぇか」
「客だけど、違うったら」
「とりあえず、今日はヒバリと二人きりになるなよ」
「気にしなくても、二人きりになるのはリボーンだから」

安心してよ、と笑みを浮かべて見つめればチュッと音をたててキスをされる。
すると、玄関先からディーノの声がした。

「あ、きたみたい」
「行くとするか」

久しぶりのあの場所へ、そういわれて俺はちょっと複雑な気分を味わったのだった。



「…っ……きちゃった」
「嫌になったか?」

車から降りて、再び見上げた大門。
以前はここからでることを夢見ていた…。
それが、客としてここをくぐる羽目になろうとは誰が思っただろう。
小さく呟いた言葉はしっかりとリボーンに聞こえていたらしく言われてブンブンと首を振る。

「なんか、懐かしい…」
「そうか…」
「行こうぜ」

車を置いてディーノさんが合流すれば、店へと向かった。
街並みを歩いていくが、何も変わらない姿にますます懐かしさに浸る。
あめ玉を買いに来たところや娼妓の写真を撮った場所、何もかもそのままだった。
辿り着いた、店。
やっぱり、変わってない。
外装も、多分内装も変わってないのだろう。
雲雀さんはこの店をいたく気に入っていると言っていたから。

「ツナ、早く来い、置いてくぞ」
「う、うん」

リボーンに呼ばれて中に入ればやっぱり何も変わってなくて、昔馴染みもいるし初めて見る妓もいる。

「恭弥が出迎えることなんてないからな、いくか」
「お前、それってどうなんだ」
「恥ずかしがり屋だろ?」
「違うだろ」

あはは、と昔からの二人の関係を知っている俺はつい苦笑を溢した。
最初に言っておこう、あんなに男儀溢れる人が恥ずかしがり屋なはずはない。
俺のことなんて気にせず奥が気持ち悪いと言って全裸になろうとした男だ。
そんなことがあれば頭は大丈夫ですかと聞きたくなる。

「おやおや、誰かと思えばツナヨシくんじゃないですか」
「…骸」

雲雀さんの部屋へと向かっていれば後ろから声をかけられて、振り向けば骸がいた。
あの時よりまた髪が長くなっていく気がする。
それに何か、後ろに見えた。

「久しぶりですね、今度は僕たちを買いに来たんですか?」
「ちがっ」
「そんなのはー、ミーが許しませんよー」
「へ?」
「なにしてんだ?ツナ」
「リボーン達は先にいってて、俺は部屋わかるから」

リボーンが混ざればなんか変な誤解をしかねないと先に行かせることにした。
上にあがって行ったのを見れば、ふぅとため息をはいて骸とその後ろの蛙の被りものをした子に視線を向けた。

「別に、俺は雲雀さんに呼ばれてここに来ただけだよ。その子は、骸の禿?」
「そうですね、煩くてかないませんが」
「ミーは師匠を頂くのです―。だから、あのマシュマロヤローには渡さないんですよー」
「ああ、白蘭様のこと。まだ通ってるんだ」
「最近はこいつが追い払うので商売あがったりなんですよ。別に好きで抱かれるわけじゃないので良いのか悪いのか…」
「…先が楽しみだね」
「何を言ってるんですか、こいつは禿。客にもなりませんよ」
「俺は一切その子のことを言ったつもりはないけど?」

くすくすと笑いながら睨みを聞かせてくるその小さな禿を見て、きっと骸にもなにかあるのだろうと思った。
白蘭様には悪いけど…。

「じゃあ、俺行くね」
「もう、ここには来ない方がいいですよ。きっと、この姿を保っているのも長くはできないでしょうから」
「へ?」
「綱吉…」
「あれ?雲雀さん?」
「くふふ、何かと思えばこの前は床に伏せっていたようですがもう大丈夫なんですか?」
「君には関係ないだろ、まったくこんなところで油売ってないで早く僕の部屋に来なよ、馬鹿が移る」
「っ…」
「言い返せませんね―、師匠」
「お前は黙っていなさい」
「あ、じゃあまたな、骸」

骸の言葉に先を問い詰めたくなったが、雲雀さんが現れて俺の腕を引いて上へと引きずられるようにして骸と離されてしまった。
何かあるのだろうか。

「雲雀さん、床に伏せってたって…」
「そんなのサボりに決まってるだろ」
「そうですよね」

当然のように返されて、そういえばこの人は仕事の選り好みもするんだったと思いだして、呆れたように頷いた。
俺が何度言っても会いたくない人にはとことん仮病を使う人だった。
そんなことをしても抱きたい男が後を絶たなかったのだから人の魅力というものはすごい。
部屋に入ればもう料理が並べられて禿のふう太が出迎えてくれた。

「ツナ兄っ」
「ふう太、なんか大きくなったね」
「そうなんだよ、なんか急に背が伸びちゃって」

ぎゅっと抱きついてきたふう太は俺の禿をしていたときとは違い俺より少し大きいぐらいまで伸びていた。
これで客がとっていけるのか、ちょっと心配になる。
どちらかと言えば、ふう太は抱く側の様な気がしてきた。
昔は可愛い顔してたのに。

「おい、それぐらいで離せよ」
「リボーン」
「そうだね、綱吉は奥で着替えてきて。僕が用意したものがあるから」
「え、そんなの聞いてません」
「いいから、ふう太連れてって」
「はーい」

リボーンとディーノさんにはもう話しをしてあるのか二人に見送られて奥の部屋へと入らされた。

「ツナ兄、着れる?」
「あ、これって…こっちの方が慣れてるから大丈夫だけど…」
「うん、なら僕も外で待ってるよ」

言うなりふう太も外に出て行ってしまい、一人蝋燭で照らされた綺麗な着物を眺めた。
蝶と桜の花びらが散っているその着物はとても俺なんかより雲雀さんのほうが似合うと思うのに、なんで俺にこれを用意したのだろう。
不思議に思いながらもせっかく着てきたスーツを脱いで着物へと着替え始める。
その間にも向こう側はなんだか楽しそうにしていて、あんなに嫉妬心丸出しにしていたリボーンも楽しんでいるのかと思えばなんだか複雑な気分だ。

「あ、これが…ヤキモチなんだ」

いつもリボーンにはまたヤキモチ妬いていると思ってしまっていたがこんなにもやもやした気分になるのかと改めて知った。
着物を全て纏うと襖を開けた。

「え…なんでこっちみるんだよ」

俺が開けた途端一斉に視線が集まりついいい顔揃いで襖に隠れようとすればすかさず裾を引っ張られてしまいそれは叶わなかった。

「似合ってるから、入っておいで料理が冷めるよ」
「…はい」
「ツナ、こっちにこい」
「なんか、ちょっとまえに戻ったみたいだな」
「あなたはよそ見をして食べないでって言ってるでしょ、すぐ溢すんだから」
「いてて、わかったって」

俺がリボーンの隣に座ると楽しそうにディーノさんは言うが雲雀さんは叱るようにディーノの頬を引っ張っている。
あれはあれで、やっぱり雲雀さんはディーノさんのことが好きなんだと思うのだが、雲雀さんはどうしてここを離れたくないのだろうか。
まぁ、ここでの繋がりがなくなってしまうのは少しばかり寂しい気もするが、一番に思っている人と一緒にいるのはやっぱり良いと思うのに…。
用意されたご飯を食べて美味しいなぁと舌鼓を打ちながら食べていると先に酒を煽っていたらしくリボーンは腰をそっと抱き寄せてくる。

「もう、あとでもできるだろ」
「いいだろ、そんなもんまで貰ってお前だけ待遇されやがって」
「リボーンが着るってなったら引くよ」
「そうじゃねぇだろ」

食べてる途中だというのに、もう少し味あわせてくれたっていいのにと思うも、ヤキモチを妬くのを見るとちょっと優越感を得る。
さっき俺があれだけ不安になったのに、そんなのにも気づかずリボーンが不安がってる。

「そろそろ、あれをやろうか」
「…もしかして」

いきなり雲雀さんが立ちあがったと思えば盆をディーノさんに移動させている。
俺は着物で雲雀さんも着物、この流れは非常に良い想像ができない。
何より、雲雀さんがにやにやと笑っている時は特にだ。

「さ、綱吉立って。ディーノもリボーンも回ってきたみたいだし、良いころ合いだろ?」
「俺は全くころ合いでもないですけど…」
「君の意見なんか聞いてないよ、ここにきたからには僕を存分に楽しませてもらわなくちゃ」

それは逆だろうという言葉はなんとか口から出る前に抑えた。
そんなのは、雲雀さんの前に塵となる。
俺は仕方なく立ちあがれば、雲雀さんの向かい側に立った。
もしかして、雲雀さんはこれをやるために俺を着物に着替えさせたんじゃないだろうか…あり得そうで怖い。

「いくよ、綱吉」
「雲雀さんの勝率知ってて勝負挑むのって無謀じゃないですか」
「いいから」
「「最初はグー、じゃんけんポンッ!!」」
「あー、ほら負けるじゃないですか」
「君だって、これはけっこう勝ってた方だろ?」

俺が負けてしまえば一番上の羽織りを脱ぐ。
所謂脱衣ゲームだ。ガチの。
遊びでやったのだが、雲雀さんはどういうわけかこういう勝負事には一切負けない。
ストレート勝ちというわけではないが、気づけば負けているのだ。
客との勝負も遊び半分でやっているからか、負けてやることもあるが本気で負けているところは見たことがないくらいだ。
ディーノとの勝負の時は負けてやることもあったが、他の客とはいいところまで脱いで全部勝って見せた。
何か裏技でもあるのかと思ったのだが、本人は勘だと言い張るし、雲雀さんの客にだけはなりたくないと思っていたのを今更ながら思い出した。

「「じゃんけんポンッ、あいこでショッ」」
「ほら、負けた。知ってる?君との勝負じゃ、僕はいつも本気だよ」

そう言いながら綺麗で高そうな羽織を贅沢にも脱ぎ棄てて行く。
その艶やかさに目を奪われそうになるのだ。
たかがじゃんけんそれなのに、二人で本気になって馬鹿みたいだと思うが、それがどこか楽しかった。
本気で勝負をしていけば、あっという間に俺は緋襦袢だけになってしまい、後とれるのは帯だけという感じだ。
雲雀さんはあと足袋と上一枚残っている。

「俺との勝負はなんだったんだよ」
「ちょっ…」
「楽しそうじゃねぇか、俺らにもやらせろ」
「え…」

これが最後の勝負になりそうなところで、雲雀さんの後ろにはディーノさんが立ち、俺の後ろからはリボーンが出てきた。
お前らさっきまで飲んでただろと突っ込みたくなるぐらい顔が赤い。
二人ともそんなに酒に弱いわけじゃないのだけれど、ここから出されるものは結構度数が高いものが多い。
ふう太が運んで飲ませるまま飲んでいたのだろう。

「あのね、君たちがやってもつまらないよ」
「良いじゃねぇか、お前らだけ楽しいのなんて反則だぜ」
「このままじゃツナが負けるからな」

よろよろで何ができるのだろうか、まったくせっかく最後の勝負だったのにと雲雀さんはなんだか興が反れたみたいだ。
俺もちょっと邪魔されたのではさっきまでの集中が切れてしまった。

「まぁ、今回も僕の勝ちってとこかな」
「良いです、雲雀さんに敵うとは思ってませんでしたから」

ここまでにされてしまえば、人前で脱ぐよりはましだったかと気か抜けたように力を抜いてその場に座り込んだ。
雲雀さんは隣の部屋の準備に行ってしまった。

「……って、泊るの!?」

一人呟いた言葉は誰も答えてくれる人がいなくて、今日泊るのはディーノさんだけだと思っていたが、ディーノさんに運転してきてもらったのだから俺達で帰ることはできない。









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