◎ 道徳的な価値観
「ツナ?」
「…ん?なに母さん」
「なんか最近おかしいわよ?どうかしたの?」
「なんでもないよ」
「そう?それならいいんだけど…」
母さんと二人きりの夕食、上の空を指摘されて俺は首を振った。
父さんは工事現場で働く仕事をしているので滅多に帰ってこない。帰ってきたとしてもずっと寝てることが多い。
母さんはそれ以上何を聞くわけでもなくご飯を食べていたが、俺としては心中複雑だった。
リボーンに告白じみたことをされたのは昨日のことだ。
なにをどうしたのか俺はわからなかったけれど、リボーンはいつものように夕食を食べて帰って行った。
俺はというと気付いたらベッドの中にいて、朝起きたらいつもの日常でつまり何がどうなったのかわかっていなかった。
ラブという事は…そういうことなのだ。
付き合う?リボーンと…?
そもそも男だし、年上だし、むしろ数日前まですっかり忘れていた男だ。
昔結婚の約束をしたからといって、今でもそれが有効かどうかというのは俺が決めていいのだろうか。
むしろ、全ての返事が俺に委ねられている状況でどうすればいいのだろうか。
俺の頭はすごく混乱していた。
日々の勉強すらも手につかなくなってきているのを感じる。
今日必要以上に先生に指されたのは俺が上の空だったからである。
ノートを開く気にならなくて、今日は勉強も手に付けていない。
せっかく身についた習慣を全部棒に振っていいのかと誰かが言うけれど、俺にはどうにも取り合っている余裕はないようだ…。
夕食を食べ終えて、自分の部屋に戻った。
何をするでもなくベッドに横になれば昨日のリボーンを思い出す。
真剣な顔をしていた。
いつもどこかふざけ半分なところがあったのに、あんなに真面目な顔をするなんて反則だ。
「俺にどうしろっていうんだよー…」
意味が分からない。
頭がパンクしてしまいそうだ。
全部リボーンのせいにして逃げてしまいたい、でもそんなことをすれば自分の首を絞めることになってしまう。
リボーンは平気だろうが、俺は受験生になるここで崩してしまうわけにはいかない。
俺は自分に言い聞かせるようにして身体を起こすと、今日の宿題に手を付け始めた。
せめて、これだけでもやらなければ…。
自分で積み上げてきたものを自分で壊すようなことはできるだけしないように…大事に。
『冗談はもっとましな顔して言えよ』
ベッドに寝転がりながら天井を見上げて昨日の言葉を思い返していた。
綱吉から言われたのはその一言だけだった。
最もだ、俺だってなんであんなことを言ったのかわかっていない。
むしろ、大事な時期である綱吉になんてことをいったのか。
本当に冗談で受け取ったならいい、でもあいつのことだからあんなことをいいながらきにしたりするかもしれない。
そう思ったら、俺はあの言葉は後悔の塊でしかなくてチッと舌打ちがこぼれた。
正直本音だとしても、今このタイミングで言うとではなかったのだ。
あいつは俺のことなんか考えて時間を費やすのではなく、自分の事を考えて勉強をしてほしいというのに。
俺は目を閉じてある決心を固めた。
「よし…テスト作るか」
気を紛らわすために俺はルーズリーフを取り出した。
これ以上綱吉の前にいるわけにはいかなかった。
きちんと未来を見据えて、あいつなりにちゃんとした道に進めるように俺は道しるべを立ててやらなければならないのだ。
俺に課せられたのはそんな責任だ。俺がそう思っているだけでも構わなかった、あの日偶然綱吉の母親に出会わなかったら…?
あいつが、馬鹿じゃなかったら…?
いくつもの偶然が重なり俺達は再びめぐり合わせられた。
偶然は、必然だと誰かが言っていた気がする。
ならば、今一度その偶然を信じてみようと思える気がした。
次の日、学校帰りは走るのが日常になってしまったのに今日ほど帰りたくないと思ったことはない。
今日はリボーンが来る日だ。あんなことをいった手前どうしても足が帰るのを拒んでしまうが、なんとか帰ってきてみればいつもと変わらない位置に靴が置いてあって、俺は自然と息を飲んでいた。
「ツナ、遅かったじゃない。待ってるわよ」
「はぁい」
なるべく声が上ずらないように気を付けながら返事をして二階に上がる。
いつも通り、いつも通り。
結局昨日自分でも考えていたが何もまとまらなかった。だってあんな、告白されてすぐに返事ができるほど俺はリボーンを知らない。
俺はいつも通りにドアを開けた、そこにはリボーンが座ってておせぇと声を漏らした。
「ご、ごめん」
「ったく、走れって言ってんだろうが」
「…あ、あの…その」
いつも通りに振る舞うリボーンに俺はどうしていいかわからず言いよどめば、ふっと声を止めてため息を吐いた。
俺は自然と肩を揺らして動揺すると、すまんと小さく謝られる。
「そんなに気にさせるつもりじゃなかった」
「…うん、わかってるよ」
「うるせぇ、子供が気使ってんじゃねぇぞ」
「えっ、ええー」
リボーンの理不尽な声に顔を上げると苦笑いをしながら俺を見つめてきて、ようやく視線が合った。
「今は返事するな。この前のことをなかったことにするなんて、お前が嫌なら言わねぇよ。けどな、勉強だけはおろそかにするな。俺のことを考えて手につかないなら忘れろ」
「なっ…」
「お前は今大事な時期だ、俺なんかの一言で成績を落としていいわけじゃねぇのは分かってんだろ」
「リボーン…」
「とりあえず、二学期終わるまでは勉強見てやるがそれ以上は延長なしだ」
リボーンの言葉に俺は驚きを隠せなかった。
忙しいって言ってたけど、俺の成績次第じゃこれから先も勉強を見てくれるのだと思っていたから。
「リボーンはそれでいいの?」
「俺の事なんか考えてんじゃねぇよ」
「…でも…」
「どうしても、俺の事が聞きたいなら並盛大学に受かってからいえ」
リボーンの言葉にまた驚かされて、それが本気だという事は聞かなくてもわかった。
リボーンの目はいたって真面目で、どれも嘘偽りなんかないのだとはっきり告げていた。
そして、それが俺に与えられた期限なのだという事も…。
「わかった、頑張るよ」
「よし、なら早くノートを開け。二学期残りでたたきこめるだけ叩き込んでやる」
にやりと笑ったリボーンに頷いて、俺はノートを取り出した。
少ない残り時間でどれだけできるかわからない。
けれど、もう少しリボーンのことを考えるのは後にしようと思えた。リボーンは何も言わなかったけど、待ってると思ったから。
それから、俺とリボーンは何事もなかったかのように家庭教師とその生徒ということで勉強を続けた。
二学期の終わりのテスト、無事に成績を伸ばすことに成功したがリボーンはこれから忙しくなるからと家庭教師を降りた。
それからも俺は怠けず勉強を続けた。
三学期、そして三年になって進路希望にははっきりと並盛大学と書いた。
これから一年、揺るがない目標として…。
春を過ぎ、夏が来て、秋を忙しく通り過ぎたころ、冬には受験が待っていた。
俺はリボーンのことを忘れることができずあいかわらずあの時のことを鮮明に思い出した。
元気にしているだろうか…あれからリボーンには一度たりともあったことはない。
近くに住んでいるのだから顔を合わせるのかと思ったのに、リボーンの顔をみなくなって、それなのにあの事だけはずっとどこかで引っかかっていて、それが答えのような気がしていた。
俺の中では、とっくにリボーンへの返事ができていて、それでも俺は自分のことを考えた。
これからどうするべきなのか、自分の望む未来を掴むためにする事。
最善を尽くして、いつまでも最後まであきらめない。
「ツナ、頑張ってね」
「うん、いってくるね、母さん」
大学への受験日、俺は意を決して家を出た。
何もかもが万全、これ以上ないってぐらい準備をしてきた。
そりゃ、最初から目指してるものがある人とは差があるかもしれないが、求めるものは一緒なのだ。
ひんやりとした早朝、俺は白い息を吐きだしながら試験会場へと足を向けたのだった。
続く