◎ 社会的体裁を考えよ
その日俺は帰りのホームルームが終わるなり教室を飛び出した。
リボーンが来る日でもあるのはもちろん、それとは別に俺が走っているのには別の意味も含まれていた。
リボーンが来るようになってから一か月半、地道に積み上げてきたものが形になった瞬間だった。
俺は家に着くなり靴をそろえるのも忘れて階段を駆け上りドアを開ける。
「今日はやけにテンション高いな」
「見ろっ、俺の成果を!!」
それはさっきもらったばかりのテスト用紙をリボーンの眼前に突き付けてやった。
リボーンはそれに視線を向け、上から下まで眺めた後にやりと笑った。
「よくやったな、俺の教えた成果だ…といいたいが、これをやったのは綱吉だからな。お前の成績だ」
腕を引かれてリボーンの目の前に膝をつくと、くしゃりと頭を撫でられて、まさかそんな風に言われるなんて思ってなくて俺は一瞬反応が遅れた。
「そ、そうだよっ…すごいだろ」
「すげぇな、じゃあその調子で今日も勉強するぞ」
「うんっ」
顔が熱いのは気のせいだ。
俺はリボーンに促されるようにテーブルにつくと今日の宿題を取り出した。
あんな風にリボーンに褒められるとは思ってなかった。
けれど、テストを見た後のリボーンは心なしか機嫌がいいように見えて、俺のテストの点数がよかったのがそんなにリボーンを喜ばせたのかと思ったら少し誇らしく思えてくすぐったい気持ちが胸にあふれだしていた。
「平均点は取れてんのか、それで」
「うん、もちろん。今回のは少し難しく作ったから平均点少し低いんだ」
それで七割とれてるなら十分だろう、と笑えばそれで納得するなよと釘を刺された。
「いくら点数が上がっても気を抜いたらすぐに落としそうだからな」
「落とさないよ、これでもコツがわかってきたんだ」
リボーンに教えられてるだけじゃないと言ってやれば、どうだか、と笑われた。
少しずつ勉強できるようになってきていると思ってるのだ、あまりバカにしないでほしい。
でも、リボーンにはそんな変化ですらも分かられている気がする。
なんでか時々、俺の全部をわかってるのかと思うぐらいにリボーンは俺を見ているんだなと感じる瞬間がある。
小さなことだけど、そこまで見ていてくれるのかと感じれてなんとなく嬉しい。
少しずつ特別になるこの短い勉強の時間。いつの間にか俺の中で、リボーンの存在は大きくなっていっていた。
「あ、そういえばこの前母さんが俺とリボーンの写真みせてきた」
「ふぅん、で、何か思い出したか?」
「いや、まったく」
「そうか、それは残念だ」
なんてまったく残念そうな顔をしていないのにそんなことを言うのだ。
何があったというのだろうか。
今の俺にはその昔の記憶を掘り起こすという課題が残っていた。
といっても、急かされるわけでも記憶がないことで何か損をしているわけでもないとは思うのだが…。
「なぁ、何があったか教えてくれないの?」
「思い出すからいいんだろうが」
「そんなに俺が何かしたの?」
「…そういうことになるな」
にやりと笑って、いつものようにリボーンは俺の勉強を見る傍ら俺の本棚から漫画を取り出しては読みふけっている。
最初こそ、自分だけずるいと注意したが、漫画なんて読んだことがないと言ったので仕方なく読ませている。
それに、なんとなくはまってる気がするんだ。
週刊雑誌で連載している漫画なのだが、ギャグありシリアスありで巻数も結構出ている為読みごたえもばっちりときている。
リボーンはいつもそれを夢中になって読んでいるのだ。まぁ、俺の方もちゃんと見ているからあまり読み進められてはいないが…。
「思い出せるものなら思い出したいよ」
「思い出して、お前は喜ぶのか悲しむのかはわからないがな」
「それってどういうこと」
「どういうことだろうなぁ?」
またあのにやにや顔だ。
純粋に気になっているのに、リボーンはそれを煽ることばかりする。
気になって気になって仕方ないのに、あの写真での情景が浮かぶぐらいで、まったく記憶はよみがえってこないのだ。
「まぁ、記憶だって頭が覚えてることがすべてじゃねぇからな」
「ん?」
「匂い、景色、音、感触、思い出せるきっかけなんて案外簡単なのかもしれねぇぞ」
所詮忘れているのは頭だけだと言われて、そうかもしれないと納得しかける。
そしてすぐさま流されるな、俺っ…と自分を諌めた。
「だまされないんだからな」
「チッ、賢くなりやがって」
「賢くするのが仕事だろっ」
「うるせぇ、さっさと終わらせろダメツナ」
「もうだめじゃないんだからなー」
そのうちはっきりとダメツナ卒業してやる、と心に決めて今日の分の宿題を終えたのだった。
そして、すぐにリボーンの特製プリントを出されてそれを解きはじめる。
いまや質問することもないぐらいに答え方がわかっている。
確かな手ごたえを感じながら解き終わるとリボーンが差移転を始める。
それを眺めながら、一つ一つ丸が増えていく喜びを知った。
「…まぁまぁだな」
「よくできたよ、少しずつ正解率上がってるしっ」
「わかったわかった、そんなにはしゃぐな。今度何かご褒美でも買ってきてやる」
「本当に!?」
「…あまり期待すんなよ」
「やったー、何かもらえるだけでうれしい」
ご褒美と聞きなれない言葉に俺は嬉しくなり、はしゃげばうるせぇと言われて、けれどしばらくそのテンションは戻らないままだった。
勉強の時間を終えるといつものようにリボーンは夕食を食べて帰って行った。
今日はいいことばかりだ。
嬉しさのあまり、機嫌よく自分の部屋に行こうとしたのを母さんが呼びとめてきた。
「ねぇ、また写真出てきたんだけど」
「でもさ、俺やっぱり思い出せないし」
「いいから、記念だしとっておきなさいよ」
そういって母さんは無理やり俺にその写真を持たせて、自分は部屋にはいっていってしまった。
記念って、何の記念だよ…。
母さんのいっている意味が分からない、と手の中におさめられた写真に視線を落とす。
「っ…これ」
俺は頭に衝撃を覚えて、思わず写真を撮り落としてしまいそうになった。
とりあえず、もう一回確認のために俺は写真を見直した。
そこには、小さい俺がリボーンの頬にキスをしている写真がしっかりとあった。
なんでこんな写真が、と思った瞬間この時の記憶が不意に呼び起される。
『リボーンおにーちゃん、すきっ…おおきくなったら…けっこんしようね』
思わず俺は階段を駆け上がりベッドにダイブした。
枕に顔を埋めせりあがる熱に何とも言えない気分になる。
さっきリボーンと交わした会話が頭の中で再生されて俺は枕をぼすぼすと殴った。
なんだそれ、なんだそれ…残念とか言いやがって!!
残念ってなんだよ、まだ俺が結婚しようねとか思ってたらいいとかそういう事か!?
意味が分からない、こんな高校生にもなってお兄ちゃんと慕ってたらしいやつに結婚しようねなんて思われてみろ、俺だったら引く。
性別だって同じだ、なんでそれなのにお前は、平然と俺の前に姿を現したのか。
俺だったら絶対に会わないのに、っていうか今まで合わなかったから結果的には引かれていたという事じゃないのだろうか。
そう考えたら少し頭が冷静になって、とたん不安になる。
リボーンはどういうつもりで俺に勉強を教えに来ているのか…と。
いや、普通に先生と生徒の関係性だろ…ただ、俺が思い出せなくてからかっただけだ。
そういうことだ、そういうこと以外に考えられないっ…もう寝る。
これ以上何か考えてもますます変な方向に考えてしまうと俺は強制的に思考を打ち切った。
写真は捨てることができず、そっと机の中にしまって…。
続く