◎ 現代国語における問題点を述べよ
高校生、それは将来を間近に控えつつも今に没頭し満喫したい年頃のことを言う。
また、思春期や反抗期が重なりとても厄介な年齢である事がゆえにここで気を抜き成績を絶望の淵まで落としてしまう輩もいるとかいないとか…。
そして、その絶望の淵に閉ざされているやつらの一人になってしまうのかもしれない俺、沢田綱吉(十六歳)は目の前に突き出されたテストから視線を逸らした。
これは、先日夏休みが終わって早々出されたテストだった。
俺の記憶では確かに知られないようにごみに捨てた筈だった…ゴミ袋に入れたのは俺だったんだから夢じゃなければどうしてそのテストがここにあるのか…。
「ツッくん、この点数なに?」
「あの…これは、その」
言い逃れをしようにも俺にはそこまでの頭がなかった。
どうしよう、と思ったところでガシッと腕を掴まれてしまった。
なにするのかと顔を上げるや否や勢いをつけて引かれて、連れて行かれたのは俺の部屋だ。
しかも、そこには先客がいた。
「…だれ?」
「今日から来てくれることになった家庭教師をしてくれるリボーンくんよ」
にっこりと笑って言われて、リボーンって名前に聞き覚えがある事に気付いた。
でも、それは昔の事だった記憶しかなくて…じっと俺を見てくるこの男に見覚えは…ないような?
「ママン、わかってないみたいだぞ?」
「えっ!?やだぁ、小さいころ遊んでくれたリボーンくんよ。わからないの?」
「リボーン…あっ、お兄ちゃん!?」
それは俺が多分幼稚園ぐらいの頃までさかのぼる。
家の近くに引っ越して来たお兄ちゃんが家に挨拶に来て、それから仲良くなった人がいた。
それがこの目の前の男だというのだろうか。
俺は半信半疑で言えば、わかってるんじゃないと母さんはそのまま戻って行ってしまい男はにやりと笑った。
わかってるもなにも、俺はそんな記憶があるなぁと思ってるぐらいでましてやこんな男前な男は知らないし、知りたくもない。
なんか怖いし…。
家庭教師だと言っただろうか、そんなのごめんだ。俺はまだ友達と遊びたいし勉強ごときで時間をつぶされるなんてもってのほか。
よし、逃げよう。
決意した俺は早かった。くるりと身体を反転させてドアノブに手をかけた所で、とん、と肩を叩かれたのだ。
俺は、ギギギと機械音がしそうなほどぎこちなく振り返ると案の定座っていたはずのリボーンと呼ばれた男が目の前に迫っていた。
「なっ…」
「逃げんなよ?俺は勉強を教えに来たんだ。逃げられたらお駄賃がもらえねぇ」
「金目当てかよっ」
「金じゃねぇぞ、晩飯だ」
威張って言うことじゃないだろ。
つまり、夕食までの二時間こいつは俺に勉強を教えるという事なのだろうか。
「俺、勉強とかみてもらわなくてもいいんで」
「この点数でか?」
「ぎゃああっ、なんでそれを」
ピラッと見せられたのはさっきのテストじゃなくてその前の夏休み前の期末テストだった。
あまりにもな点数のそれも机の奥底にしまいこんだはずなのに、と俺は取り返そうとするがひらりと上に持って行かれてしまい、長身の男の手にはどうやっても届かない。
「返せよっ」
「かえさねぇぞ、これもママンに見せるか?それとも、おとなしく俺に家庭教師させるか?」
どうするんだ?とにやにや笑われて俺は少し悩んだ。
といっても、時間にすれば三十秒ぐらい。
「…いつまでやるんだよ」
「そうだな、二学期の期末テストがとりあえず区切りってとこか」
夏休みが終わり二学期は今さっき始まったばかりといえる。
でも、家庭教師をやる以上成果が分からなければ仕方がないのだろう。
二学期が終わるのは十二月…。今からやって成果が出るのかどうなのか。
「母さんはなんていってるんだ?」
「俺の行ってる大学に入れるぐらいにしてくれ、だったか」
「ちなみに、どこ?」
「並盛大学」
「……無理。俺の成績じゃ就職か黒曜大学がせいぜいなのにっ」
むしろ、就職だって無理かもしれないのに並盛大学になんて無理に決まってる。
どうして母さんはそんな無理難題をっ!?
「そうと決まれば、やるぞ。さっさと座れ」
「まだ俺はやるとは言ってないっ」
「お前にはやるしか選択肢はねぇぞ」
肩を掴まれ無理やりドアから引きはがされてテーブルに広げられているとテストを一枚差し出された。
解けという事だろうか、と俺はそれを覗き込んだがとてもじゃないが俺にはさっぱりわからない。
しかも、教科の指定はないらしく現国から数学、保健まで幅広くてむしろこれはある意味頭をフル回転させる奴なのかと頭痛を覚えた。
「まずこれを解け」
「…はい」
とんとん、と示されて俺は鞄の中に入っているほとんど開くことがない筆箱を開けてテストに向き合った。
とてもじゃないが、俺に解けるような問題なんか一つもない。
けれど、いつものあきらめの悪さで空欄は全部埋めていく。
そうして、ようやく気付いた。記憶もあいまいなうえに見ず知らずの男となんでこうして顔を突き合わせなければならないのか。
すっかり流されたが、リボーンって誰だろう。
母さんが知っててこうして招き入れているってことは、俺だけが知らないのだ。
解いている間に、目の前の男を見る。
近くの本棚から適当に漫画を抜きだし読んでいるようだ。
別に読んでもいいけど。
昔俺と一緒に遊んでくれたお兄ちゃんだとするのなら、こんな濃いキャラの人忘れるわけないんだけどなぁ…。
むしろ、そのお兄ちゃんとの記憶も途中で途切れてしまっていて、どうして疎遠になったのかすらこうして現れるまで気づきもしなかったほどだ
「あの…」
「普通にしゃべればいいじゃねぇか」
「いや、なんか初めてじゃないっていわれても…俺、いまいち思い出せなくて…」
言えば、リボーンの目が見開かれて少し迷うように揺れた気がした。でも、すぐに立ち直ってそれならそれでいいと短く答えてくれた。
「え?じゃあどうすれば…」
「別に普通でいい。俺はリボーン、大学二年生だ」
「…よろしく」
手を差し出されて俺も出したらぎゅっと握られた。冷たいかと思ってた手のひらは案外温かくてそういえば、前にもこんな風に手を握られたような…。
思い出せるかと思うが、いまいち出てこない。
首を傾げていると、そんなことはいいから問題を解けと指示される。
でも、最初から最後までわからないのだが…聞こうかと思うけど聞けずひたすらでたらめな回答をした。
「できた…けど」
「見せてみろ、次はこれだ」
手を出されてリボーンがそれを受け取る。
一瞥してから、俺にまたテストを渡してきて俺はそれをときはじめた。
けれど、それもわけがわからないことばかりで頭を抱えたくなるが、必死に書きこんでいった。
が、書いていくのにも限界がある。
リボーンは何をしているのかと顔を上げたら、俺の手元をじっと見ていてあわててその手を止めた。
「な、なに?」
「わからなくないか?」
「…わからない、です」
「いいか、家庭教師ってのは分からないことを聞いてなんぼなんだぞ。お前はまず聞く能力がない。わからないなら遠慮するな」
いきなりズバッといってくるんだなと思いつつ、リボーンの言っていることももっともなだけに何も言い返せない。
どこがわからないんだ?と聞いてくるリボーンに全部だと答えたら、今度は普通に笑った。
さっきみたいににやにやとか皮肉る顔じゃない。
「わからなくて当たり前だ、それは大学生の問題だからな」
「は!?」
「お前用はこっちだ」
さらりと言われて追加で出されたテストは今度は何とかわかる問題もちらほらしている。
それにしてもよく答えたな、なんて言いながらそのままテストをしまいこんでいた。
「だましたのかよ」
「だましてねぇぞ。素直に聞けば早かっただけの話だ」
これまたするっと言われて二の句が次げない。
こんな人から教えてもらうのかと思ったらなんだか気が重くなる。
…二学期期末まで本気でやれるのかな。
そもそも学力が上がるなんて到底思えなくて、そんなことを思っていれば、おい、と声をかけられた。
「なに?」
「わからないのか?」
「え、あ…まだ大丈夫」
「なら、さっさと解け。解説する時間までないだろうが」
あ、ちゃんと説明してくれるんだ。
意外な態度に、普通授業だったらこうはいかない。
先生はみんなをみている、だからこそ一人一人の質問に答えられない。
一対一の状況なら、それができる。リボーンはそれを待っていてくれるのだ。
勉強が分からないのは事実なのだし、少しぐらいやってみてもいいかな…なんて思った次第だ。
続く