◎ いつもの距離、切ない気持ち
今日は十二月二十五日…何の日かなんてものはリア充のミナサマにはとてもじゃないけれど聞けはしない。
俺もリア充…といってもいいのか。
男だけど、なんつか…人生ってどう転ぶかわからない。
俺はパソコンを見つめていたがポーンと言って表示された言葉に頬杖ついていた手から顔が落ちた。
「無理なのかよぉ」
俺に届いたのは一通のメール。
さっき今日暇なのかと送ったことについての返信だ。
内容は、今日は昼間にバイトが入っているから無理だというもの。夜までのシフトを代われと言われて断る理由もなく引き受けてしまったらしい。
まぁ、俺だって当日になるまで言わなかったのが悪いけれど…。
どこかでリボーンが空けていてくれると思っていたのだ。
「女…とかじゃ、ないよな?」
ここで疑うのもリボーンに失礼だろうか。
でも、気になるものは仕方ないだろう。
「言えない…よなぁ…」
女ができたんじゃないか、なんて率直過ぎる。
それに、クリスマスに会えない位でと言われてしまいそうだ。大体あったところで何をしようと言うのだ。
お金のない苦学生。リボーンもまた然り。
だったら、会わない方が良いのかもしれない。
それに、そう言う時に限ってリボーンは生放送をしたりするのだ。
「気をつけていってきてね、と」
帰ってきて、ゆっくりしたあとでのリボーンの生放送を期待しようと俺は寂しい気持ちを胸に収めていたら、いきなり電話が鳴り響いた。
驚いた、スカイプの方は閉じていて、もうバイトの時間なのにと思いながら通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『すまん、予定空けてやれなくて』
「いいよ、最初に予定入れておけばよかったのにしなかった俺も悪いんだから」
『いや、俺もお前を誘おうかと迷って、結局クリスマスなんかって諦めていたところあるから…』
いきなり謝られて驚いて、しかも後ろからすれ違う人の様な声が聞こえて、信号機の音が聞こえてくれば歩いている途中なのかと思い当たる。
「これからバイト?」
『ん、ああ…これから夜までメールもできねぇ』
「気にしないでよ、俺リボーンが生放送するの待ってるから」
『なんでもわかるんだな』
「当たり?」
『ああ、ぎりぎりになるかもしれねぇが…電話もするからな』
「…うん、待ってる」
潜めるように言われた言葉に俺はほっと心が温かくなるのを知った。
リボーンの言葉は俺を安心させてくれて、自分も忙しいだろうに…なんでそんなに優しくしてくれるのだろう。
俺なんかなにも、できないのに…ただ、リボーンが歌う手伝いしかできてないのに。
『じゃあ、また』
「バイト、がんばって」
ああと短い返事のあと通話が切れて俺はふうと息を吐き出した。
バイトでよかった、なんて思ってはいけない…けれど、安心するものは仕方ない。
俺は今日何もないから曲でも作ろうかと思うが、そんな気分にはなれなくて、少し考えたのち生放送をしようと思いついた。
「リボーンがするんだから、俺もしていいよね」
ぼっちクリスマスだと少しつまらなく思いながら、昼間から来る人がいなかったらどうしようかと思う。
だって、みんなリアルは充足してそうだし…。
そう思いながらマイクを接続して生放送を開始した。
「ぼっちクリスマス過ごしてる人〜?」
開始した途端だんだんと集まってくるリスナー達。
ぼっちってツナもぼっちだろ、ぼっちいうなぁあっ、ぼっち( ・´―・`)、などいろんなコメントが寄せられてつい顔が綻ぶ。
人が来てくれてよかったと安堵して少し歌と、雑談を交えながら三枠ぐらいやった時だった。
楽しそうだな、と一言コメントが来た。
誰だと名前を確認したらコロネロと表示される。これはこの前の生放送の時のやつでIDを記憶させておいたからだ。
「コロネロさん、こんにちは…っていうかこっちでは初めまして?」
暇だからきた、と短い一言がまた流れてくる。
コロネロも一人の予定だったのかと笑って、そしたらスカイプにコンタクトが送られてくる。
「え…コロネロさんから…か…」
うわっ浮気だっ、リボーンにいいつけてやるんだからぁ、言わなくても予知してそうだな、などとリボーンに関するコメントが流れてくる。
それにコロネロも焦っていたりしているが、これはこれで交流を深めるにはいい機会なんじゃないかと思う。
たしかに、リボーンからあいつとは繋がりを持つなと言われたが俺の前以外のリボーンと言うのも知りたい。
これはちょっとした好奇心だ。
俺は承諾ボタンを押して、すぐにかかってきた通話にでた。
「もしもし」
『やっとツナPと話しできるな、コラ』
「あはは、別に逃げてたわけじゃないんですけど」
コメントは絶えず流れ続けていて、なんか俺ホントに浮気してる気分になってきた。
けれど、その中にも落ち着けみんなと宥める声もあって、ちょっと複雑だ。
『なんかすごいな』
「え、あ…うーん、俺がリボーンとしかいなかったからじゃないかな」
『あー、あいつツナを守ろうと必死だよな』
「何それ」
『あ、やば…なんでもないぜ、コラ』
「いまの何でもないくないよ、話してくれる?」
口が滑った様子のコロネロに皆が^^とコメントした。
俺の心情をよくわかってくれるなぁ。頼もしいリスナーさんたちだ。
『マジで、これ口止めされてんだ、コラ…許してくれ』
「ダメですよ、ほら…言わないと…どうしようかな」
ご飯にねるねるねるね、一ヵ月名前セクネロ、顔だし枠期待www、と罰ゲームが次々とチョイスされる。
なんかすごいことになってきた、時間が近くなったので延長してしばらくコロネロをからかって遊んで、結局話すことはできないの一点張りでみんなも飽きてきた頃ようやく解放してあげたのだ。
「今日は楽しかったなぁ…っていうか、リボーンになんて言おうか…」
うっかりコンタクトを承諾してしまったからこれからチャットや電話もできる。
俺は嬉しいのだが、コロネロと交流を持ったことでリボーンがなんというか…。
「でも、もう誰かが言っちゃったかな」
生放送の様子だと誰かがリボーンに言ってしまったかもしれない。
ああ、クリスマスを楽しく過ごしたかったんだけどなぁ…。
ちょっとした波乱の予感に俺は少し怯えた。
夜になり、ツイッターでリボーンが帰ってきたことを知る。
そして、すぐに生放送が始まった。
俺はコメントをすることなく、じっと画面を見つめた。
真っ黒で何があることもないのだが、そうでもしていないと落ち着かなかったのだ。
そして、コロネロがやってきた。
『おい、てめぇなに俺のもんに手ぇだしてんだ』
「ちょっ、いきなりなにいってんの!?」
コロネロのコメントに会話関係なく発した言葉につい、俺は突っ込んでいた。
だって、なに俺のもんっておかしいだろ。
じゃなくて、なんで自分の枠でそんなこと言ってるんだ。
俺はあわあわと焦って、どうしようかと思ったらコロネロが必死に何でもないと主張している。
まぁ、本当に何でもなかったし…。
『…あとでタイムシフトチェックしとくか、わかったな、ツナ』
「あ…はい」
すごまれて言葉を発したけど届かないとわかって慌ててコメントを打った。
帰ってきた途端すごく怖い…このノリでの通話となると…考えたくもない。
機嫌なおってくれないかなぁ…。
『歌うか、クリスマスだからな』
選んでいる音がして、暫くするとリボーンは歌い始めた。
うっとりと聞き入る良い声、やっぱりリボーンの歌声は最高だ。
しっとりと歌う声も、激しくノリが良い声も、軽くても低くても俺の耳に滑り込んできて魅了する。
俺はこの声に惚れたんだ…。
「すきだなぁ…」
リボーンはその後も何曲か歌って、いつの間にか一時間が経とうとしていた。
『皆きいてくれてありがとな、メリークリスマス』
たくさんの8が流れていく中、一時間のライブは終わって音が聞こえなくなった。
俺はため息を一つ、まだ心臓が治まらない。
いくらなんでも惚れすぎだろ、いつになったら普通にしていられるようになるんだ。
リボーンの唄声を聞く度にこれでは将来的に不安すぎると両手で顔を覆った。
「もう…恥ずかしい」
何を言われたのでもないけれど、時々吐息を混ぜた声で気だるげにいう言葉とかが俺の心臓を跳ねさせるのだ。
するとスカイプの方から通話の知らせ。
俺はヘッドフォンをして通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『俺だ、コロネロから聞いた』
「……あ…」
『あ、じゃねぇよ…交流持つなって言ったじゃねぇか』
「だって、俺の知らないリボーンを知りたかったんだ」
相手はリボーンで、コロネロと話をしたのだろう不機嫌な声で言ってくるから、俺は隠すことなく正直に伝えた。
ここで嘘やはぐらかしたりするとリボーンを傷つけてしまうことになる。
それだけは、したくなかった。
『………そんなの、俺に聞けばいいだろ』
「聞いたって俺以外と話してるのを知りたいのに、どうにもならないじゃないか」
むすっと言い返せばそれきり返事がなかった、つまったのかとため息を一つ吐いてもうしないとこっちも譲歩だ。
リボーンが関わらせたくないというなら、それもいいだろう。
俺はリボーンのものなんだから。
「でも、ミクちゃんは俺のもの」
『わかった、それは譲ってやる。今日はごめんな』
「そんなに謝らなくてもいいのに…」
『俺が言いたいんだ、言わせろ』
俺が笑って言えば向こうも笑う気配がした。
遠く離れている、けれど心はちゃんと繋がっているような気がして、でもやっぱり触れれる距離にリボーンがいないことが悲しい。
いつでも、俺はリボーンの隣にいたいと思っているのに…。
「じゃあさ…」
ふいに出たのは今日一人だったことの寂しさからだったのかもしれない。
なんだ?と問い返す声に誘われるように俺はまだ煩い心臓を押さえるように胸をきゅっと握りしめた。
「あの、あいしてるって…言って」
『エロイ声出すな』
「だしてないよ、ねえ…リボーン」
強請るような響きになってしまうのも仕方ない。
俺は潜めるようにもう一度、ねぇと言った。
すると、リボーンは少し悩んでいるようで黙ってしまって、沈黙に耐えきれなくなった時リボーンが口を開いた。
『あいしてる、ツナ』
「…っ……おれもっ」
たっぷりと俺好みになった声、耳に甘く溶けてこの距離が恨めしくなった。
まるで耳元で囁かれているように聞こえるけれど、目の前にはディスプレイ。
恋しい気持ちが、募っていく。
『そのうち会いに行く』
「おれも、リボーンに…会いに行く」
同じ気持ちで、同じように手を伸ばして、触れていたい。
相手を呼ぶ声はどこまでも切なく、耳に残る。
はやく、はやく…あいたい。
切ない気持だけのクリスマスは早く過ぎ去ってくれと、俺は思った。
近いうち、お前の目の前にいることを願って…。
END