◎ 涙を笑顔に変える魔法
クリスマスなのに風邪なんて、と思いながら約束の時間が過ぎていくのを俺は心のどこかで喜んでいた。
だって、これで俺はもうリボーンに縛られずに済むんだから…。
いや、違うか俺が勝手にリボーンにすがってただけだ。
「もう、ひとりきりか…」
そう思うと涙が何度でもあふれた。
涙腺は壊れきっていて、俺の制御なんて効きもしない。
だるい身体、朦朧とする意識、なかったことにするには想いすぎた。
そんな時だった、家のインターホンが鳴らされたのは。
母さんが出たらしく、話し声が聞こえてきた。
一言二言話したかと思うと、階段を上ってくる音がした。
こっちには俺の部屋しかないなんで、だれが…?
「今、綱吉風邪をひいてるんだけど…」
「ああ、大丈夫です。少し話をするだけなんで」
人のいい声で、その声は俺が今忘れたがった男だ。
なんでここにいるんだ、逃げようと思うけど起き上がろうとするだけで体が痛み頭もふらつく、とてもじゃないが逃げられるような状態ではなかった。
融通の利かない自分の身体に舌打ちしていると、ドアが開いてリボーンが顔をのぞかせた。
「じゃあ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
「…なにが、ありがとうございます、だよ」
「ひでぇ声だな」
嫌味を言ったつもりなのに、リボーンは苦笑して俺の机の椅子をひっぱりだすとベッドの近くに滑らせ座った。
俺はその視線から逃げたくて背中を向ける。
「卑怯だってのはわかってる、けどお前こうでもしねぇときかねぇだろ」
「……」
「まぁいい、そのまま聞け」
リボーンはゆっくりと、あのときのような優しい声で話していた。
俺はその声が好きで、好きだと思うだけで泣きたくなって枕をまた濡らした。
「だましてたのは謝る。だがな、なにもお前のことが嫌いになったんでも好きなのをやめてもらいたいでもねぇ」
俺は返事をしなかった、リボーンは俺に教えるようにしっかりと言葉にして伝えてきてくれる。
「俺はあのときのことを覚えてる、お前とどんな関係だったか。最後どうなったのか。俺は何も嫌だと思わなかった、お前の願いを最後まで聞いてやりたかった。俺だって、ツナのことは誰よりも愛してるからな」
「そ、そんなこと…誰が信じろって」
「お前だけ信じればいい」
「あんなことされて、何を信じろっていうんだよっ。なんでだますようなことしたんだっ、俺がどんな…おもいで、ごほっ、はっ…俺だって」
なんで今さらになってそんな言葉ばかり聞かせてくるんだ。
そんな甘い言葉を囁かないでくれ。
そんな風に言われたら、馬鹿な俺はまたリボーンを手放せなくなる。
涙でぬれた顔なのもかまわず上半身をベッドに手をついて起き上がるとリボーンを睨み付けた。
精一杯の虚勢を張って言葉にしようとすれば、舌が回らずむせかえる。
リボーンは俺の背中に手を回してそっと撫でてきた。
それを振り払うのに、リボーンは俺を抱きしめて背中をそっと撫でる。
昔から、何も変わらない…リボーンの優しい心地だった。
「うっうぅ…ぅうあああ、ぁああっ」
「好きだ、何も変わらない。変わったのは、もうボスでもなんでもなくなった…それだけだろ」
「じゃあ、なんで…?」
「…まぁ、その反応は半分わかってたことだがな…ツナ、忘れてんだな?」
「は?」
ひくっとしゃくりあげる喉もそっちのけで、俺はリボーンの言葉に首をかしげた。
忘れてるってなんのことだろう。
些細なことは忘れてしまっているだろうが、夢で見るほどには記憶はあるはずだ。
「それもしかたねぇ、お前はただの遊びだったのかもしれねぇからな」
「なにそれ、おれそんなに大事なこと言った?」
「ああ、生まれ変わったら出会えるか?って質問に、意地でも会ってやるって答えたら、お前何を思ったかしらねぇけど、またリボーンに恋したい、なんて言ったんだ」
「……まさか」
「俺はその言葉を守ってもう一度お前に恋させてやろうとした、ってことだ」
リボーンのあまりに間抜けすぎる自分のバカさ加減に出ていた涙もひっこむ勢いだ。
この事態が自分のまいた種だったなんて思いもしなかった。
いや…前にそんなような夢を見た気がする、でも結局リボーンの言葉を覚えていなかったぐらいだから、そういうことなんだろう。
「これって、実は俺のせい?」
「…元をたどるとそうなるな。ちなみに、獄寺の言ってたことは本当だぞ」
「言ってたこと?」
「お前が逃げた後俺は獄寺を本気で殴り倒して全部聞きだしたんだ。お前に告白なんかして、俺がダメなら自分に乗り換えろとかばか寺か」
「へ?」
「結局そっちに靡かなかったけどな、俺の知らねぇところでたぶらかされてんじゃねぇぞ」
「…そ、そんなの知らない。俺は、リボーンだけ」
こんなに苦しいのも、こんなにむかついたのも、哀しくなったのも、嬉しいのも、全部全部、リボーンだから。
「俺は、リボーンがいい。リボーンのものにして。もう、なにもなくていいから俺はもうなにもないけど、リボーンだけがほしい」
縋りつくように俺はリボーンに抱き着いていた。
もう何を思ってもダメだ、俺はリボーンを忘れる事だって嫌いになることだってできない。
こうして目の前にいるのに、突き放すなんてできない。
「ああ、俺もお前だけいればいい」
同じだけの力で抱きしめられて苦しくないのに胸がしめつけられた。
俺がずっと、ずっと求めてきたもの。
あのとき、決して口にはできなかった言葉。
全部を捨てても、俺がただ一つ欲しがったもの。
「ごめん、リボーン…」
「お前が選んだことを俺は止めなきゃならなかったが、こうなっちまったら同罪だろ」
もう昔のことはいいと頭を撫でられて、そうしてゆっくりと唇が重なった。
なにもかわらない、この優しい接触は俺の記憶をよみがえらせるのには十分で指先に力を込めた。
「そんな顔するな、今すぐヤっちまいたくなる」
「してよ、前みたいに…いや、前よりもずっと…たくさんしっ」
してほしいと言おうとしたのをリボーンの手のひらでふさがれた。
何をするんだと見つめれば額にキスを一つ。
「風邪だろ、寝てろ病人」
「なっ、ここまでしといて!?クリスマスなのに!?」
「わめくなバカツナ、クリスマスだろうとなんだろうとするときはしてやる。今は、ちゃんと治すことだな、バカツナ」
「バカツナ言うな」
無理やり身体をベッドに抑えつけられて抗議したら首筋を指先でなぞられた。
感じて身体の力を抜いてしまえばそのままリボーンは離れてしまう。
俺は、とっさに伸ばした手で服を掴んでいた。
「ツナ、俺はもうどこにもいかねぇ。必要なら呼べ」
「だったら、もう少しだけ…いてよ」
もう少し、という言葉にリボーンはため息を吐いて椅子に座りなおす。
身体を落ち着ければ、忘れていただるさを思い出してしまった。
「もう、なんで俺勘違いしたんだよ…」
「お前はホント相変わらずだな」
「すみませんねー、なんの成長も見れなくてぇー」
「そうだな、どっちかっていうと退化した方だな」
「成長するっ、これからだからっ」
まじまじと俺を見てくるリボーンにわめいて頭がくらりとする。
睨み付ければ、リボーンは幸せそうに笑っていた。
そんな顔、初めて見たよ。
何も変わらないわけじゃない、俺たちはたぶんあの頃より何倍も幸せだ。
「リボーン」
「ん?」
俺はせめてものけじめをつけなければと手を出してリボーンの手を求めた。
リボーンは不思議に思いながらもその手をとってくれる。
「好きです、俺と…付き合ってください」
「ああ、もちろんだぞ」
笑って、誓いの口づけをした。
あの時の言葉のように、また俺を愛してくれる誓いのキスだった。
「で、獄寺くん?」
「すみません」
「まぁ、今回は俺が元だったし…大目に見るけど、獄寺くんは俺よりももっといい人に出会うこと、いい?」
「…わかりました」
後日、無事に風邪から回復した俺は獄寺君のところに来ていた。
散々かき回して勘違いさせてくれた共謀犯である。
罰を与えてやろうかと思えばその前に土下座されてしまったので、いつになってもこの人にはプライドがないものなのだろうかと考えさせられてしまった。
「でも、俺だって獄寺くんのこと友達としてすごく好きなんだよ?」
「本当ですか!?ってぇ」
「友達としてって言ってんだろうが」
「それはわかってますっ、光栄です。俺はこれからも綱吉さんの友達でいさせてくださいっ」
「うん、よろしくね」
目を輝かせてくる獄寺くんにまぁこれでもいいかと苦笑して、やきもちを妬くリボーンの手を握りしめた。
もう、何の負い目もない。
まぁ、男同士だとかそういうのはこの際目を瞑ろう。そうでなければ、中学生と大学生がとか気にしなければいけないところがたくさんだ。
今はまだ、幸せをかみしめるために人目も気にしないふりで、まっすぐにただ一人を見つめていたい…。
END