◎ 離さないでほしい
新年を迎えた朝目が覚めると寒さに思わず布団を胸に抱いてしまった。
そして、隣にぬくもりを感じて俺は驚いた身体を落ち着けるように深呼吸を繰り返した。
リボーンとこうしているようになって、二年以上が経過していた。
びくびくしているわけじゃなく、勝手に身体が反応して驚くのだ。
未だに、俺の深いところではリボーンを許せていないのかと思う時もある。
リボーンは無理をしなくてもいいと、言い続けてくれている。
こんな俺に付き合っているのだから、リボーンだって相当気が長い。
俺とリボーンの関係は最悪といっていいものだった。
新しく来た土地でだって俺はなかなか溶け込めずに、ようやく慣れてきたのだ。
けれど、こうして夜になり身体を許しているうちに少しずつ、絆されてくる。
まだ身体は忘れないらしい。
昨日は、年越しを過ごした後ゆっくりと抱かれて、そのまま眠りに落ちた。
起きたら初詣でに行くぞと言われたけど、外を見れば雪が降り積もっていた。
歩いていく分には問題ない、でも…寒いじゃないか。
俺は見なかったふりをしてそっとベッドの中に顔を埋めようとしたが、リボーンが俺の身体を抱きしめてきた。
「わ…」
「おい、二度寝とはどういうことだ?」
「だ、だって…」
「なんだよ?」
起きてる気配もなかったのに、と俺は思いながらも窓に視線を移す。
リボーンもそっちをみたのがわかった。
「止んでからにするか」
「ん…そうだね」
リボーンは取り立てて何をするでもなく俺の隣にいる。
肌が触れ合う距離にいるのに、昼間はあまり手を出してこない。
それは俺を気遣っているのか、単にその気にならないのかわからない。
リボーンについて、俺はまだまだ知らないことだらけだ。
知りたいと思うのに、今一歩手が伸びない。
触れて、振り払われたら、と思うと動けない。
今でも、俺はリボーンに嫌われることを恐れている。
俺はリボーンのことを嫌いだったのに、だ。
矛盾しているのに、こんな気持ちのままリボーンはいればいいといってくれる。
「綱吉、キス…していいか?」
「ん…」
リボーンが俺に許可を取ってくる。
俺は頷いてリボーンを振り向いた。
額をこつりと合わせて、見つめてきた瞳。そっと目を閉じると優しく触れる唇。
俺を驚かせないように、確認するように、リボーンはそうやって俺に触れてくる。
時々、リボーンはこれでいいのかと思うこともあった。
でも、それ以上を望まれたところで俺が答えてやれないことなど最初からわかりきったことだった。
「飯作る、何か食いたいもんとかあるか?」
「お雑煮」
「お前いつも元旦はもちだな」
「普通だろ、お雑煮」
リボーンは新たに発見した楽しいことに笑いながら起き上がると服をひっかけながら寝室を出て行った。
リボーンのぬくもりが残るベッドにごろりと転がっていれば、キッチンからいい匂いがして、そのうちできたぞと呼ばれた。
着替えて椅子に座ると、そこにはちゃんとお雑煮が置かれていた。
去年はもちなんかないといって却下されたその言葉、まるで俺がこの日にお雑煮を食べるとわかってたようだ。
「覚えてたんだ」
「ん?」
「去年のこと」
「さぁな、たまたまもちがあっただけだ」
リボーンはそっけなくそう答えて、椅子に座った。
向かい合って食べるのはもう日常になった。
二人でお雑煮を食べると身体があったまったから初詣でに行こうということになった。
外の雪はもうやんでいて、外に出ると白い息が二人分吐き出されていた。
「転ぶなよ」
「わかってるよ」
雪道をざくざくと歩きながら言われた傍から、足元が滑った。
リボーンはそれをみて笑うかと思ったら、手を伸ばされる。
掴まれってことなのかな、と俺はその手をとると、リボーンは俺の手を引いて歩き始めた。
俺は急いで隣にいって、歩幅を合わせる。
握った手は俺の指先よりもあたたかくて、そっとリボーンのコートにしまわれた。
必然的に身を寄せるようになってしまうが、不思議と嫌ではなかった。
神社につくと、一段と人が増えて俺は知らず息を呑んでいた。
「いくぞ」
「うん…」
リボーンはそっと人ごみを躱しながら境内に近づく。
そこにはやっぱり人で押し寄せていて、仕方なく順番を待つことにした。
何か話した方がいいだろうかと会話に迷っていると、リボーンが何か思いついたように、そういえば、と切り出した。
「なに?」
「好きでもないやつとセックスもキスもできるが、好きじゃないやつとじゃないとできないことがあるのは、知ってるか?」
「わからない」
俺からしてみれば、どれも好きじゃなければしたくないが、普通に考えればそれ以上に決定的なものがあっただろうかと考えて何も思いつかず首を振った。
すると、リボーンに握られた手をにぎにぎと遊ばれるように力を籠めてきて、俺はリボーンを見つめた。
「手を握る、だ」
「手…?」
「嫌いな相手だと本能的に接触したがらない、だから手を握るってことができないらしいぞ」
そうして、そっとそのコートの中に視線を落とす。
俺は何を示しているのかようやく気付いて、顔が赤く染まるのを知った。
逃げたくて、でもこのぬくもりを手放すのはできなくて。
「っ…だ、って、俺…リボーンのこと、嫌いじゃ、ないから」
だから、これぐらいの接触なんでもない挑戦するようにリボーンを見つめ返してやれば、ふっと吹き出してしばらく笑いが止まらなかったのかくすくすと笑い続けて俺は何か変なことを言ったのだろうかとおろおろしてしまう。
どうしようかと思っていると、リボーンのもう片方の手が俺の頭にポンと乗った。
「あんまりかわいいこというな」
「か、かわっ…!?」
「ほら、先頭だ」
リボーンに言われて階段を上り、手を離してお賽銭をとりだすと投げ入れて手を合わせた。
願うことは一つだけだ。
最近はずっと、こう思っている。
早く、リボーンのことを愛してあげれますように…。
今まで愛してもらった、それを少しでも返してあげれるように。
いつか、そうやって返してあげれたらいい。
顔を上げると、リボーンが俺を待っていて、あわてて階段を下りおみくじを引いた。
「大吉だ」
「幸先いいな、俺は…末吉か」
吉なだけいいかとリボーンは笑って、気に括り付けに行く。
俺もその隣に結んで、今度は自分からリボーンの手を握った。
「綱吉」
「幸せの、おすそ分け」
ふふっと笑えば、リボーンも笑ってぎゅっと強い力で握り返された。
「帰ったらのんびりするぞ」
「うん」
「何が食いたい?」
「おせち」
「ねぇよ」
「じゃあ、買って帰ろ」
「…ったく、仕方ねぇな」
きっと近くのスーパーならお正月一色になって、お節料理も惣菜コーナーに置いてある。
それを買って帰って、二人だけのお正月をしよう。
少しずつ変化する自分の心を許せたのはいつだろう。
そのまなざしに愛情を見つけたのはいつだっただろうか。
リボーンの本気を信じたのは、いつだったんだろう。
今となっては、わからないことだらけを包み込むようにリボーンがいて、それは少しずつわかっていけばいいといってくれる。
だから、俺は少しずつリボーンを理解しようと思う。
一緒にいてほだされるのは慣れてきたから。
今度は離さないでほしい。
俺をあきらめないでほしい。
俺もできるだけその気持ちに答えられるように努力するから。
「リボーン」
「なんだ?」
「リボーンの食べたいものって、何?」
「そんなの決まってんだろ。お前だ」
「…じゃあ、それは…夜食べて」
まずはおせちだなと何事もなかったかのように話すが、リボーンが驚いているのが伝わってきた。
自然とつないだ手の指先が俺の指を撫でるように動く。
リボーンの言いたいことがなんとなくわかって、けれど俺は何も言わなかった。
そっと、幸せをかみしめるように俺は笑っていた。
END