◎ どこまで自分勝手なんだ
その日も俺は夢を見ていた。
いつもの日常風景の中、リボーンはいつものように仕事を終えてきてソファでくつろぐなり珈琲をすすっている。
俺は、それを眺めていたんだけどリボーンの視線がこちらに向いた。
『そういや、お前…敵のボスに張ったり見破られたんだってな?』
『え、あ…いや…嘘つくのとか、慣れてないんだよ』
『あのな、ボスがそんなんでどうする。嘘を吐くときは本当のことに混ぜてつくんだ。それなら表情や言葉に出にくい』
『ふぅん』
俺はさほど興味もなく書類を作りながら聞いていたのを覚えている。
リボーンはどこまでも優雅だ。
音もなく立ち上がると俺の前に来て、顎に手をかけられてリボーンを見つめさせられる。
『俺は仕事中』
『そんなのわかってるぞ』
わかっててやるなんて相当趣味が悪い。
なんだとみていれば、指先で唇をなぞられた後触れるだけのキスをして離れていく。
何がしたかったんだと視線だけ送って、俺は再び書類に集中する。
『ツナ、今夜空けとけ』
『…ん』
リボーンからの誘いは少し俺には気恥ずかしく、テレが先立ってしまいぶっきらぼうな言葉になってしまう。
それなのに、リボーンはどこか嬉しそうに珈琲を飲んでいた。
俺が、もう少し素直だったらもっといっぱい触れられたのだろうか。
もっと、触れてほしいと言ったら、リボーンはこっちを見てくれたのだろうか。
過去を振り返ればそれだけ疑問がわいては消えて、俺を何度も後悔させる。
けれど、過去の俺はそれに気づかず少しだけ嬉しそうにしていた。
『もしさ、生まれ変わったら…俺たちって、また出会えると思う?』
『なんだ、それ?』
『骸から聞いたんだ、生まれ変わっても記憶を持っていることがあるって』
『お前は、そうやってさぼろうとするな』
『いいじゃん、ね…どう思う?』
俺がリボーンににやにやと笑いながら聞いている。
このとき、リボーンは何て答えたんだったか…。
記憶に残らないぐらいだからその時はどうでもいいんだと思ったんだろう。
けれど、今なら聞いてみたい。
そう思うけれど、だんだんと意識が遠く離れはじめる。
リボーンの口が動くけれど、なんて言っているのか聞き取ることもできなかった。
次に目覚めた時、俺は現実の天井を見つめていた。
休日、リボーンと遊ぶようになってから獄寺くんとは距離を開けてしまったが、本人はそんなこと気にしていないようだった。
今日は会うことになって公園で二人ベンチに座って報告会をしていた。
「もうすぐクリスマスですよ」
「わかってるよ」
「リボーンさんは相変わらず特定の人間を作っていないようです。でも、なんだか最近思い悩んでいるみたいですから。十代目の効果かもしれません」
「そんなの、ありえないだろ」
「そうですかね?俺は結構脈ありだと思いますけど」
いつになっても俺を持ち上げようとするのは変わらないらしい。
こんな会話誰かに聞かれでもしたら怒られるだろう。
なにせ、大学生である獄寺君が中学生に敬語を使っているのだから。
「獄寺君は俺たちにどうなってほしいんだよ?くっついてほしいの、別れてほしいの?」
「もう一度付き合ってもらえれば、と思いますよ。俺はどこまでも綱吉さんのことを優先します」
獄寺君の言葉に俺は顔を上げた。
獄寺君は俺をじっと見つめていて、手を握られる。
こんな公共の場所でいといわないといけないのだろうが、言えないほど、見つめられていた。
「俺は、綱吉さんの幸せを優先しますから」
「でも、リボーンは俺に興味ない」
「言っておきますが、リボーンさんが誰かに勉強教えるのなんて見たことないですよ」
「それは、俺がダメダメだから…」
「それ以前に、綱吉さんのことが好きだからって思わないんですか」
「だから、それは絶対ない。ありえないの」
こんな子供に惚れるなんて、それこそ夢のようじゃないか。
俺たちの距離は、あの時よりはるかに離れて遠くなっている気がする。
俺は首を振って、獄寺君の言葉から耳をそむけた。
「どうして絶対なんてありえるんですか」
「だって、俺にはそんな魅力もないし…最近仲よくしてもらってるだけだ。これ以上何かを求めたって何もない」
そんなこといわなくてもわかる、と一息にいってしまえば俺は獄寺君の隣を立ち上がる。
これ以上ここにいても悲しくなるだけだ。
泣きたくなる気持ちを押し殺して、俺は引きとめる声を背中に感じながら公園を出て行った。
一人家に向かって歩きながら、あふれる涙をこらえきれずこぼしていた。
最近ずっと泣いてばかりな気がする。
夢の中では嬉しいことばかりなのに、現実はこうも残酷だ。
夢の中で生き続けられたらいいのに。
どうして、俺はこんなにも辛い目に合わなければならないのだろう。
ああ、でもこれが罰なのかもしれない。
俺がしてきたことへの、罰。
これでは、リボーンとつながることはおろか、想いを伝えることさえもできない。
せっかく仲良くなれたのに、これ以上離れてしまうようなことはできない。
これ以上、何かして離れたくない。
離したくない…。
止めても振り返らずに走り去ってしまった背中を追うとしたが、あきらめた。
あの人はいつも自分の話も聞かずに突っ走ってしまうと笑って、まったく変わっていないことに愛しさを覚えた。
「十代目、俺はいつでも好きですが。いつでも、二人のことを考えているんすよ」
誰もいなくなってしまった公園でひとり呟いて、ベンチから立ち上がった。
二人をくっつけてやろうと考えた作戦は今本当にそれで正しかったのかと思うぐらいに頼りない。
結局俺にできることなんてそれぐらいしかできなくて、それは前と変わらないなと苦笑した。
「ったく…俺には心配しかさせてくれない」
こちらの気持ちを初めて知ったという風に見られた時も、今も、全部あの人の中で決定づけられていて、俺は絶対に蚊帳の外なのだ。
その事実を突きつけられるたびに悔しいと思った。
あの人と同じぐらい、いや、あの人以上に俺は好きだと思っているのに。
いつでも、俺の気持ちは置き去りのままだ。
「さて、次はどうやってしかけて見せるか…」
あの人ばかり見ていた俺じゃない。
二人が心中した後も俺は、少しでも長くボンゴレを存続させようともがいていた。
俺にとって思い出でもあったそれは、結局俺だけだったのだけれど…。
だから、二人に会えてうれしいと思った。
できることなら、また二人の近くに居させてもらいたいと思った。
けれど、こんなくだらないことで二人が引き離されようとしているのなら、俺はそれを直してやるべきなのだろう。
しがない大学生、バイトはあるが時間もある。
何かと計画するには、十分だった。
「次は、ちゃんとしてもらいますよ」
こっちがたきつけてやれば、逃げようもないだろう。
いや、むしろこれをばらしてやれば一気に片が付くのだ。
俺は十代目に謝りたくて仕方なかった。
あんなに泣いて…でも、それはすぐに別の涙になるのだと信じている。
俺はケータイのカレンダーを開いて、日にちを確認した。
続く