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 幸せはいろんなものを壊していく



机に向かって書類を作る。俺はこの時点で夢だと気付く。
いつもの光景だ。
俺はそうやって仕事をしていた。
時に抜け出したり、怒られたり…褒められたり。
なんだかんだ言いながら、俺はあのときのことを忘れられないのはこの思い出をずっと抱きしめていたいからなのかもしれないと思った。

「まだ終わんねぇのか」
「これでも一所懸命してるよ」
「いつまで経ってもこれだけは慣れねぇな」

あきれたように笑いながらリボーンは俺の手元にある書類を覗き込んでくる。
もともと頭があまり良くなかった俺は、書類のことになるととたん不器用になった。
紙面と向き合っているより外で射撃練習でもなんでも身体を動かしている方がこれよりましだと思っていた。
リボーンは俺の手に持っていたものを取り上げると確認して、時間かけてただけあってちゃんと書けてるなと俺の手に戻した。

「疲れた…リボーン少しは手伝ってよ」
「俺は俺でやることあるんだ」

ふぁと欠伸をするリボーンの口から甘い香りが漂ってきて俺の視線は自然とくぎ付けになる。
俺に気づいたリボーンは、人差し指をくいっくいっとして顔をあげろと示してきた。

「なに?」
「がんばったご褒美やらねぇとな」

にやりと笑って、リボーンは俺にキスをしてきた。
途端に口の中へと放り込まれた甘いものの正体に舌を絡ませる。

「飴…?」
「甘いもの食べて少し休憩しろ」

そういってリボーンは俺の頭をくしゃりと撫でて、がちゃりと入ってきた山本についていくようにして部屋を出て行ってしまった。
俺は残ったぬくもりに嬉しくなって、口の中に残る甘さに顔をほころばせた。
そういう小さな接触が嬉しくて、けれどそれが窮屈になって…。
十分満たされていたんだと思う。それに満足できなくなったのは俺の方だ。
強制的に終わらせたのは俺のせい。
だんだんとみている映像が遠くなって俺の意識は浮上する。



目覚ましの音が響き渡る部屋。
目を開けた俺は、そこでようやく涙を流していることに気づいた。

「今のリボーンはもう俺を見てすらもいない」

あの時よりも遠くなってしまったということは確かで、俺の胸に重くのしかかってくる。
昔の方がよかった…なんて、そんなのは俺が結局この世界を受け入れられないからだ。
一度崩してしまったものはもう元に戻らない。
いつまで引きずっているつもりだ、と自分を叱咤しようとも悲しくなる思いは捨てきれず、苦しくてもう辞めたいと思うのに、俺はリボーンが好きなことをやめられないんだ。
一度止まったはずの涙があふれて、しばらく止めようと思っても止まらず布団に顔を伏せて寝ているふりをしながら涙をやりすごした。
それから仕度をして、朝ごはんを食べて登校した。
学校では滞りなく人間関係を作れていて、あの時より少しばかり運動神経はよくできているようで、頭はそのままなのだが…。
これも、リボーンの特訓のおかげなのかなと思いだしては苦笑する。
身体がタイミングとかを覚えているのだ、俺が考える前に身体が動いていることはよくある。
昼休みになればメールが入った。

『今日駅前に行く用事ができたんで、会えますよ』

簡潔に、そして嬉しいメールだった。
わかったと返して、俺はついついにやついてしまう頬を引き締めた。

「何笑ってんだよ、ツナー」
「んー、なんでもない。お弁当俺の好物入ってたんだ」
「うらやましいな、どれ俺が奪ってやる」
「ちょ、ダメだってばー」

この時代にできた友達はあのころに引けを取らず個性的で、なにより楽しい。
けれど、リボーンがかけては俺の人生はその半分にも満たないのだろう。
だって、今日リボーンに会えるって思っただけでこんなにも嬉しくなるのだから。
午後の授業を終えて、俺は駅前へと急いだ。
獄寺君と連絡を取り合って駅前のコンビニに入った。
二人を待つ間雑誌でも読んでいようかと立読みをする。
しばらくして、店員のいらっしゃいませーという声とともに二人が入ってきた。
獄寺君がこっちにくる。

「今日発売した雑誌欲しくて…って、あれ?」
「へ?」

息を合わせた演技だ。
声をかけられて顔を上げれば獄寺君の後ろにリボーンが立っていた。

「綱吉くん」
「ごくでら、さん?」
「何してんだ、ってあの時の迷子じゃねぇか」

リボーンは俺と目があって、見下ろしてきた。
まぁ、この身長差じゃ仕方ないけど…。
獄寺くんって呼んでるから、ちょっと言葉に詰まってしまった。
でも、リボーンは気にした風でもなく何呼んでるんだと本を覗き込んできた。
ちなみに、俺は雑誌を持っているだけで中身を読んでいたわけではない。

「あ、その節はどうも…ありがとうございました」

雑誌を戻して俺はぺこりと頭を下げる。

「世話したのはこいつだろ、俺に頭下げるな」
「はい」

なんだか前より優しい気がする。
俺は顔を上げると笑顔を浮かべた。

「そうだ、ここの肉まんおいしいじゃないっすか。買って公園で食べましょう」
「お前にしてはいいこと言うな、おごれよ」
「ですよね、もちろん綱吉くんのもおごりますから」

獄寺君は楽しそうに言うとレジに行ってしまった。
二人きりになって、俺はリボーンを見るがリボーンは俺を見ることはない、
淡い期待なんか抱くな、そう自分に言い聞かせるのにそれはできなくて、苦しくて見て入れずに顔を逸らした。

「ほらほら、二人とも外に」

少し寒くなってきているが、まだ日は沈んでいない。
オレンジに染まる公園は犬の散歩をするぐらいの人しかいなかったが、少しでもリボーンと一緒にいれて俺は幸せをかみしめていた。

「うまいか?」
「はい、ありがとうございます」
「それも獄寺にだろ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」

リボーンにそっと咎められるのがなんとなく嬉しくてついつい絡んでしまう。
リボーンはしょうがないなといわんばかりにほほえましそうにしていて、あのときのリボーンとは違うんだなぁと思ってしまう反面これはこれで俺はしっかりと惚れこんでしまうのだ。
そう考えたら俺の頭はどうしてこんなにもめでたいのか、とあきれて、暖かい肉まんはすぐになくなってしまって、口実がなくなりリボーンもあまり遅くまでいると家族に怒られるぞと言われてしまって、仕方なく帰ることにした。

「あの、俺綱吉って言います。そこの中学校に通ってて…えっと、その…」
「俺はリボーンだぞ。よろしくな、綱吉」

どうしたらもっとリボーンに近づけるんだろうと思いながら忘れていた自己紹介をすれば何を言っていいのかわからなくなり、リボーンが苦笑して自己紹介をしてくれた。
そんなの、獄寺君が名前で呼んでくれてるから自己紹介なんていらないし、中学の場所とか言わなくたってよかった。
でも、なんとかリボーンと話したくて、リボーンとしゃべってるだけで俺は幸せで、こんなに近くにいるのに…。

「あれ?綱吉?」

沈んだ気持ちを一気に引き戻したのはいつも聞いている声だった。
顔を上げれば公園の外から父さんが見ていた。
この光景はまずい、だって大学生二人に中学生が一人だ。
何もなくても何か言われても仕方ない、俺はあわてて二人を見た。

「あの、すみません」
「お前たちは、俺の大学の生徒か?」
「父さん、あのねこの人たちは…」
「綱吉、こっちにきなさい。どうしてこの人たちと一緒にいるんだ?」
「助教授すみません、この前少し縁があって…つい話しかけていました」

ただならぬ雰囲気に、俺はおろおろと戸惑って、俺の心を代弁するように獄寺君が進言した。
父さんがこっちをみてくるから、必死でうなずいた。
ここで変な風に印象付けられてしまったら会うこともできなくなってしまう。

「なんだ、またドジしたのか」
「ご、ごめんなさい…」
「二人とも疑ってすまない。まぁなんだ…年が離れていても仲よくしてやってくれ」
「はい、それはもう綱吉くんとの話はいろいろと楽しくて」
「じゃあ、俺はもう帰るけど…綱吉、あまり遅くならないうちに帰っておいで」
「はぁい」

獄寺君の言葉で父さんは納得してくれたらしく帰って行った。
俺はホッと胸をなでおろし、すみませんともう一度謝る。
黙っていたリボーンは謝る俺の頭をくしゃりと撫でた。
その感触は、夢の中のものと一緒で懐かしさが芽生えた。

「何泣きそうな顔してんだ。俺たちが悪かった、お前はさっさと帰れ」
「…はい、また…話しかけてください。俺、リボーンさんと一緒にいるとすごく楽しい…から」
「お前変わったやつだな」

リボーンは笑って、わかったと頷くと獄寺君と二人で帰って行った。
俺は少し近づいた距離に嬉しくなって、けれど圧倒的な差を思い知らされて唇を噛んだ。

「まだ、だ…あきらめない、あきらめない」

震えそうになるのを必死に抑えて、俺は一人家に帰るために歩き出した。




続く






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