◎ 白粉花の決意
仕事からの帰り道、俺はそっとため息を吐いた。
昨日は沙菜の言葉に少し泣いて、色々考えた後しっかりと答えを出した。
愛娘の言葉で決意するなんて、と思うかもしれないが、もし沙菜の言葉がなかったら俺はリボーンに告白しようなんて思いもしなかっただろう。
きっと、リボーンは俺より仲のいい女性がいる。
もしかしたら、恋人がいるかもしれない。それでも、この想いだけは伝えようと思った。
「うー、でも緊張する」
誰かに告白するのなんて何年振りだろう。
そして、相手は男だ。
受け入れられないことも考えないといけないとなると色々と振られた時のダメージは相当大きいだろう。
「沙菜、慰めてくれるかなぁ」
肝心な時に甘える方法を考えてしまう自分に呆れながら、保育園につくと先生に挨拶をする。
「沙菜ちゃん、今呼んできますね」
「はい、お願いします」
いつも笑顔でいる先生にも感謝しつつ連れてこられた沙菜はいつもより少しばかりテンションが高いように見えた。
念のために熱はないかと額を触ってみるが、なさそうで安心する。子供はちょっとしたことでも熱が出るものだ。
「おとーさん、リボーンさんのところ行くんでしょ?」
「うん、いくよ?」
「さな、いて大丈夫?一人の方が、よくない?」
「こら、そんな気をつかわなくていい」
咎めるようにくしゃりと頭をかきまわしてやれば、きゃいきゃいと笑ってはしゃいでいる。
余計な気までまわせるようになるなんて、保育園児でも侮れない…。
そういえば、沙菜も小学校にいれなければならなくなってきている。
そう思えば、これもしかたないことなのかもしれない。俺がふがいないばっかりにきっといろんな気を回させることになるかもしれないと思うと、少し申し訳なさが顔を出す。
「沙菜は、ちゃんと一緒だ」
「うんっ」
ぎゅっと手を握ると柔らかい力で握り返される小さな手のひら。
この子が安心して甘えられるように今は心配事をなくしてやるのが一番だ。
という、理由を掲げてリボーンの働く花屋へと向かう。
こうでもしないと勇気が出ない俺を誰か罵ってくれ、父親なのに自分の幸せを考えてしまった俺を、誰か叱ってくれ。
花屋まで行くとその日は珍しくリボーンが店の外に出てきていて、それも女性の相手をしていた。
いつもはお客を怖がらせてしまうからと、中にいるのに。
伊勢谷の姿は店の中で番をしているようだ。
「さな、コウにぃのところいってるね」
「あ、ああ…」
「あら、お客様?おじさまみたいな顔でもちゃんと売れてるってわかって私嬉しいです」
「ユニ、みたいな顔って何だ…訂正しろ」
うふふ、と笑ってこんにちはとほほ笑まれ俺は曖昧な笑顔を返すことしかできなかった。
沙菜はさっさと中に入ってしまい、伊勢谷と仲良くしている。
リボーンは俺に気づくなり、気まずそうに頭を掻いて持っていた花の鉢をユニと呼ばれた女性に渡している。
でも、おじさまって…。
「お母様がいってたから、つい」
「ルーチェの奴…ユニに何吹き込んでんだ」
「じゃあ、そろそろいきますね。お花ありがとう」
「おう、気をつけて帰れよ」
はーい、と無邪気に笑って俺の横を通り過ぎ走って帰っていった。
ワンピースにつばの広い帽子が良く似合っている。
リボーンはその背中が見えなくなるまで見送って、ふっと俺を見る。
「何ぼーっとしてんだ」
「いや、誰かのかなって思って」
ちらりと視線を向けてきたリボーンに、俺は答えておじさまが引っ掛かった。
それと同時に恋人でなくてよかったと安心して、踏み込んでもいいか顔色をうかがいつつ気になったことを聞いてみた。
「姪だ、姉がいるんだよ」
「…へぇ、姪…って、あんな可愛い子が!?嘘だろ」
「てめ、言わせておけば好き勝手にべらべらと」
「ひぃ、ごめんなさいっ…あんまりにも綺麗だから、血縁者だってわからなかったんだよ」
整った顔をしていて、パーツを思い出せば目つき以外が良く似ていたかもしれない。
特に口元とか…。
ふっと唇を凝視してしまってから慌てて顔を逸らした。
赤くなる顔が止められなくて、胸ぐらを掴まれて両手で顔をガードしてしまう。
「ったく、惚れんじゃねーぞ。あいつはあれで決めた奴がいるんだからな」
「…惚れないよ」
呆れたように言われた言葉に、真剣に返事をしてしまった。
だって、惚れた相手は目の前にいる。
そうして、俺がここに来た本来の目的を思い出して、俺はバラを指さした。
「ひ、ひゃっぽんください」
「は?ねぇよ、あっても精々三十本だ。みりゃわかんだろ」
いきなりなんだと胸倉から手を離したリボーンはバケツに入っているバラを束で引き抜いた。
綺麗に咲いているそれをリボーンは、花束か?といつもの客にするように聞いてくる。
「う、うん」
「珍しいな、プロポーズでもしに行く気か?」
バラをもっていつもの花束にする机に持っていく。
俺はその後ろをついていきながら、聞かれたことに頷いた。
詳しくは、目の前の男に渡すためなのだが、本人は全く気付いてない様子だ。
渡す相手に束ねてもらうなんて、シュールだろうか…。
そう思うけれど、店の表にいたらそれはそれで注目を浴びてしまう。
「プロポーズじゃなくて、告白だけど…」
「沙菜のためか?」
「あ、いや…自分のためになっちゃうんだけど。どうしても、恋人になってほしくて」
沙菜にはいいっていってもらったんだと、話すとどこか寂しそうな表情をしながらそうかと短く答えた。
それは、脈ありだって思ってもいいってこと…?
リボーンのその反応が俺に勇気をくれるって、知ってるのかな。
それでも玉砕は覚悟しているけれど…。
リボーンは綺麗に花束を完成させると、俺にそれを手渡してきた。
「ほら、これでいい返事がもらえること間違いなしだぞ」
「本当に?」
「ああ、保障してやってもいい」
そこまでいわれたら、自信持たないわけないじゃないか。
なんて笑いながら、それをリボーンに返した。
「…は?」
「俺と、付き合って下さい」
いった途端、リボーンの目が驚きに見開かされた。
そして、唇を噛みしめて重苦しい口が開かれる。
「お前、男だぞ?」
「見ればわかる」
「花屋だぞ?年収どれぐらいかわかってんのか」
「…大体、予想ついた」
「沙菜はどうするつもりだ」
「だから、沙菜にいいよっていってもらったんだって」
慌てているのがこっちからでもわかった。
だって、リボーン否定してないし…。
なんでそうなったって気持ちが大きいんだろうけど、それって俺のこと好きってことでもあるんでしょ?
「ねぇ、バラの花言葉って知ってる?」
「いくら疎くてもそれぐらいは知ってんだよ。バカツナ」
「っ…ふ」
苛立ちまぎれに俺の腕を掴んで花束ごと引き寄せられ、噛みつくようにキスをされた。
視界の隅で沙菜を心配したが、伊勢谷がしっかりと目を塞いでいてそれに安堵すると俺もリボーンを引き寄せ重なりを深くする。
唇を離して俺は、抱きしめられ耳元にリボーンの息がかかった。
くすぐったくて肩をすくめると、好きだ、と俺だけに聞こえる返事が吹き込まれた。
「俺も、好きだった」
「よかった…よかった」
ここまで緊張したのは初めてかもしれない。
もう一度、と唇が近づきそうになったところでゴホンッと咳ばらいがそれを止めた。
二人してそちらをみると、顔を赤くした伊勢谷が視線を逸らしつつ暴れる沙菜を必死で抑えている。
「さなもみるぅー」
二人で顔を見合わせて笑うと、俺はリボーンに花束を渡して沙菜の方へと駆け寄った。
伊勢谷にありがとう、と苦笑して沙菜を抱きあげる。
「沙菜、俺やったよ」
「本当?おとーさんすごい、かっこいいっ」
「沙菜のおかげだよ、ありがとう大好き」
「私もだぁいすき」
勢いのまま頬にキスをすると沙菜はきゃいきゃいと喜んで、ぎゅっと抱きついてくる。
本当に俺の子は可愛い。
リボーンも呆れたようにそれを見ていたが、沙菜がリボーンに手を伸ばした。
「あのね、おとーさんをよろしくおねがいします」
「そうだな、よろしくお願いされるか」
「おい、なんでそうなるんだよ」
「お前沙菜より年下だろ?」
「ばっ、有り得ないこと言うなっ」
沙菜は自然な仕草でリボーンを受け入れてくれるようだ。
俺は一番心配していたことが解決して笑みを浮かべた。
伊勢谷はどこまでも驚いていたが、リボーンにいつまで混乱してる気だと怒られてますます訳がわからなくなっているようだった。
全部を丸く収めることが無理でも、許されて掴めるものもあるんだなとどこか他人事のように感じていた。
続く