パロ | ナノ

 見えないお前の音

かちかちとパソコンを操作する。
ランキングを探っていた手が完全に止まった。
この作業じみたことを初めて何時間が経っただろう。
外を見ればすっかり日は暮れてしまい、そろそろ夕食を作る時間だ。
簡単にパスタでも茹でるかと立ちあがった。
鍋をだし、水を注ぐ。
火をつけて少し待つ。

「最近歌いたい曲ってのがねぇな」

俺は歌い手というものをやっている。
といっても、金がもらえるわけではなく完全に趣味と遊びを兼ねた暇つぶしだ。
歌うのが好きで、ボーカロイドという機械が歌った曲を自分で歌う。
たまに普通の曲を歌ったりするが、ボーカロイドの方が曲の幅が広く出来栄えも様々なため俺はよくそっちの方を歌っていた。
だが、最近歌いたいと思った曲がなくランキングを見て気に入る曲を探していたりもしたのだがなかなか見つからない。
歌い手のほうのランキングにあがる有名曲でも歌ってみるかとそればかり。
たまには掘り出し物をと思っていたのだが全く見つからない。

「また有名Pのやつでも歌うか」

歌えれば何でもいいなとこればっかになっている思考にヤバいなと思う。
最初は純粋に歌を歌うのが好きで、それを聞いてもらえるこの環境が好きだった。
それは今も変わらず、生放送をするたびに今度は何を歌うの?と聞いてくるリスナーに答えられないのが心苦しかった。
沸騰した鍋にパスタを入れて、茹でている間にホールトマトを開け、トマトを切り刻むとチーズと一緒にフライパンで炒める。
溶けてきたところで、茹であがったパスタと混ぜ塩コショウをして出来上がり。
一人料理なのだからこれぐらいが時間の短縮で丁度いい。
皿に盛りつけてフォークをさし、水を持って再びパソコンの前へ。
もう少し粘ってみるかと、探すタブを今度は変えてみようと考えた。

「ああ、隠れた名曲とかいいな」

これなら掘り出し物でも見つかるかと少し探してみる。
パスタを食べつつポインタを動かし、一つの動画に行きあたる。
サムネイルが綺麗だとまず最初に思った。
そうして曲を聞いてみるかとその動画を開いた。
青い光の中にたたずむ後ろ姿のツインテール。
タグには泣ける、感動した、隠れた名曲、などと書かれていた。
再生してみるとピアノの音が流れる。
ゆっくりと流れるような音に、他の音が混ざりあまり多くない音でメロディを奏でる。
優しい音だと感じた、生で弾いているわけではないことはわかったが、歌っているミクの声も優しい。

「作り込んであるな」

たった三分の動画、それがあっという間に思えた。
時々ぎこちないところがあるのはまだ作り慣れていないからだろうか。
俺はその歌を作ったツナPという人物のマイリスを探した。
クリックしてみればまだアップしていたのは五曲ほど。
少ないなと感じて、けれど俺はその曲をアップした順に聞いていた。
どれも優しく響く音色に、アップテンポのものからローテンポのものまでどれを聞いても俺はいいなという感想しか抱かなかった。
まだ未熟、けれどコメントはどれもいい曲だった次も期待してる、と前向きなものばかり。
支えられているんだなと感じてコミュニティがあったのを見れば確認する。
過去の放送を見ようと思ったがコミュニティ限定での放送ばかりなのでどういう人物なのかわからない。

「次はこれを歌うか」

久しぶりに気に入った歌を見つけたと俺は笑みを浮かべた。
とりあえず、コミュニティに入ってツナへメールを送る。
歌う前に俺は必ずやっていること、勝手に歌う奴もいるが自分の気に入る歌を作ってくれた人への感謝をこめて歌わせてもらうことを伝えるのだ。
食べかけのパスタを食べると、よしと俺は立ち上がる。

「さっそくやるか」

こんなにも楽しい気持ちになったのは歌い手を始めた時のころ以来だ。
きらきらとした新鮮な気分、原曲をダウンロードしてくるとそれをパソコンからかけはじめる。
まずは曲を覚えるところから、と食器を片づけながら聞き込み始めたのだった。




二日後ツナから了承のメールが来ていた。
俺はすっかり歌う曲を覚えて、準備は万端だ。

「歌うか」

歌った後には少し自分の歌と曲が合うように調整して、そしてアップにこぎつける。
長い道のりだと思うがやりたいことをやっている時間が楽しいのだから苦にはならない。
防音の部屋に入るとヘッドフォンをする。
パソコンで操作して曲を流し、歌を吹き込む。
何度聞いても飽きることはなかった。
それより聞く度に中毒になるようで、いつの間にか歌う予定でなかった曲もパソコンに入れて聞き込んでいる始末。
コメントはしなかったが、生放送にも聞いた。
男なのに柔らかい声で、聞いていて心地が良い。
ツナの一言一言にリスナーが反応して、楽しそうで、羨ましいと思った。
それは、ツナが…ではなく、リスナーが。
あんな風に気策に答えてもらえて、羨ましいと感じて…そうして、早く歌いたいと思ったのだ。
自分を知ってほしい俺を、視界に入れてほしい。
俺ならツナの表現したい歌を歌える、俺なら…
歌い終わって聞きなおす、特に引っかかる場所はない。
録音はこれでいいかとマイクを離れた。
普通なら三回以上は録り直すことが多い俺だが、今回は失敗しなかった。
それほど聞き込んだし、それほどこの曲が好きだった。
メールの返事を書こうか迷って結局また送っていた。




数日後、また返事が来て俺はまた返事をした。
ツナと話をするのが楽しいと感じ始めて、俺は唐突にこれは…ヤバいんじゃないかと思った。
いけない思考だ。
そう思うのに一度思ってしまうとそれを考え直すことができなかった。
どんな言い訳を考えても行きつく先は全部そこ。
惚れた…なんて知りたくなかった。
出来上がった歌ってみた動画は先程アップされ着々と再生数を伸ばしている。
俺は頭を抱えた。どうしてこうなった…ばかだろう、俺は。
向こうは俺のことなど何も知らない、知るはずがない。

「どうすんだよ、いや…考えても見ろ。知るはずがないってことは知らせればいいんじゃないか」

どうせツナの曲を全部歌うつもりなのだ、だったら俺の存在を知らせてやればいい。
視界に入れてもらえるだけでいい、まずはここからだ。

「ここからって、完全に落す気かよ」

自分の思考につっこみをいれつつ、丁寧な返事を返すツナに嬉しさしか覚えず自覚してしまえば自分の気持ちがすっきりと落ちついた。
どうしようもない自分に苦笑しか湧いてこない。




そうして三ヶ月後、俺の動画が一位に上っていた。
それと同時期、曲の方のランキングでも俺の歌ったツナの曲が一位に君臨していた。
俺はニヤリと笑う。
最近ツナは俺のことを気にしだした、ただ歌ってみたで歌ってくれる人、という単純なものだが今はそれでいい。
これから揺さぶりをかける。
緊張していないことなどない、なにせ初めてコメントしようというのだから。

『みんな、一位だよ。すごいね、リボーンさんもすごいねー』

生放送が始まり、ツナが嬉しそうな声で報告している。
そして、曲をギターで弾き始める。
ギターの腕はあまり上達しないらしく、時々ぎこちない。
相変わらず心地の良さだけはいつになっても同じままだ。
弾き終わったと同時にこんにちはとコメントを打った。
すると、驚いたらしく変な声をあげていてリスナーに怒られていた。

『ご、ごめん…だって、リボーンさんきてる…』

焦った声のあとカチカチと音が聞こえたと思ったら、俺のところにBSPが来ていた。
しかもツナのコミュニティのものだ。
俺はさっそくそれを使ってコメントする。
まさかこんなにも早くこちらを気にしてくれるとは思っていなかった。

「もうすこし、踏み込んでもいいか…?」

あまり行きすぎると引かれるかもしれないと思うも、ツナならなんとなく受け入れてくれそうだと感じていた。
俺は枠が終わる間際、アプローチをしかけてみる。
嫌がる様子のない声に心底安心した、そうして初めてツナに通話をしかけたのだ。
ここまで自分が積極的なのを初めて知ったのもあるし、それから挑戦的な言葉も自分としてはここまで大見え切って良いものかとずいぶん言ったあと後悔したものだ。
けれど、そんな思い出も今では懐かしいものになっている。




隣で眠るツナの顔を覗き込んだ。
結局次の日が休みで泊っていけばいいということになって、俺のベッドにツナは眠っている。
少し疲れた表情が見えるのは無理させてしまったからだ。
初めて顔をみて、男なのにこんなに可愛くていいものなのだろうかと思った。
容姿は完全に男なのだが、いちいち仕草が愛しさを覚えるのだ。
会って幻滅するなんてことは有り得なかった。
それは相手をよく知った今でも変ることはない。
ツナの顔を隠す前髪をあげれば顔を近づけてちゅっとキスをする。
そろそろ俺も寝ないといけないなと思いつつ、こいつの寝顔は今だけしか見れないと思うと寝れない。

「どうしようもないな、俺は」

ふっと笑みを浮かべたツナを抱きしめたい衝動を抑えて、寝顔を眺めた。

「好きだ、ツナ…お前の歌も…お前も、全部」

あまさず全て丸ごと俺だけのモノにできたらいいのにと思う反面、自由にいろんなものをその手で生みだして欲しいと思う。
欲望は尽きることなく、いつまでも傍にいれるならきっとなんでもやるんだろうなと苦笑した。
少しでも、長く…少しでも、多く…お前との時間を作っていく。





END
ゆきみ様へ
歌い手×ボカロPリボーン視点でのツナに惚れる話でした。
急に好きと感じたのではなくじわじわと好きという感情が育ったんじゃないかなと思って書き始めたんですが…伝わりにくかったらすみません←
それと若干前の話とリンクさせてみました。
納得いただけなかったら書き直し致しますです。
改めてリクエストありがとうございましたっ。






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