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 リナリアに気づいて

梅雨も佳境、そろそろ夏が迫ってくるという時にやってきた台風。
俺は会社があるが、保育園がおやすみになってしまった。
預けられるところは、思い当たるところが一つしかなかった。

「じゃあ、一日よろしく」
「ああ」
「いってらっしゃーい」

人相の悪い大人と可愛い愛娘の図はとてもアンバランスで笑ってしまった。
見送ってくれる二人に手を振りながら俺は会社へと向かう。
最近、俺はリボーンと顔を合わせるのが気まずい。なんというか、変な気になるのだ。
沙菜もなついているからあまり距離を置くわけにもいかなくて、離れたら離れたで不審がられそうだし…。
でも、俺の挙動も不審だと思う。
目を見続けていられないし、ちょっとした仕草にドキッと心臓が高鳴るし。
なんか、これでは恋をしているようだと感じるようになってきて、それこそ男相手にありえないと自分に言い聞かせるが、一瞬でもよぎってしまったその感情に自覚せずにはいられなくて、ますます気まずくなっている。

「はぁ…節操なしって、思われそうだし」

離婚したばかりで、次に行くという感覚もなんとなく引ける。
俺はいろんな意味で、ため息を吐いた。
仕事の方はいたって良好。
そうでなくては私情の方であんな大事にまで発展してしまって、平常心で通えるわけがなかった。
まぁ、休んだ次の日に頬を腫らして出勤した時にはさすがに何かあったのかと勘繰られたが、比較的穏やかな方だ。
そして、そんな穏やかな日々は外の嵐と裏腹に過ぎていく。



店の外はガタガタと風によって窓が音を立てている。
沙菜はそれを気にした様子もなく店に並んだ花をくれよんでスケッチブックに描いている。

「それにしても、コウがスケッチブックを持ってるとはな」
「なんすか、そんなにおかしいですか」
「まぁな、そんなイメージなかったからな」
「失礼ですね、これでも大学そっち専門の方行こうかなって思ってた時期が俺にもありましたっ」
「……それも意外だな」

そんな不器用でよくやれたもんだ、とからかえばひぃと泣き真似をしている。
沙菜はそんな俺達に目もくれず、目の前のリナリアの花を夢中で描いていた。
俺からしてみれば、花とはとうてい思えない絵だったのだが、何故か色遣いが上手いなと思った。
この年のガキにしては、いろんな色を塗り重ねるという高等技術(?)を駆使している。
外が嵐とあって花は売れない。
それでも、店に並べる花がないのは花屋として困るので花をいれたが…今日は赤字だなと花を眺め続ける。
少し前までは、花を見ているだけで心が落ち着いたというのに最近はやたらと落ちつかない。
心穏やかでいたいと持っているのに、そうできない。

「店長、俺課題やってもいいっすか」
「ああ、別に構わねぇぞ…どうせ、今日は人がこないだろ」
「これじゃあ、無理ですね」

どこからか雷の音が聞こえる。
梅雨だというのに、あまり雨が降らなかったため梅雨時期でも花が売れたが、今日はさすがに無理だろう。

「沙菜は、雷とか怖くねぇのか」
「うん、ごろごろって空がお腹すかせてるんだっておとーさんが言ってた」
「そーかそーか」

そうやって苦手なものを克服させてんだなと、父親面する綱吉を思い出して笑いながら珈琲に口をつけた。
昼を過ぎ、暇がつぶせなくてぐずるかと思ったが机にコウと沙菜と俺と三人で囲んでも暇なのは俺だけだった。
最近綱吉に避けられていると思う。
明らかに、だ。
アイツは、あまり感情をごまかすのも上手くなさそうだ。
俺が何かしたのかと思ったのだが、心当たりがない。
かと思えば、こうして沙菜を預けていく。預かることに関しては、家に一人の方が危ないと思うのでそこは全然気にならないが避けていると思わしき態度の後にこれだと拍子抜けしてしまう。

「リボーンさん」
「ん?どうした?」
「おとーさんのこと、考えてたでしょ」

にっこりといいあててくる沙菜に、俺はそんなに顔に出やすいのかと訝しむ。
が、沙菜は人差し指をつい、と俺の額に押し付けてきた。

「しわがよってる」
「…そうか?」
「難しい顔してる、おとーさんと一緒」

一緒って何だ一緒って。
沙菜の言葉の意味が良くわからずそれはなんだと問いかけようとして、口を閉ざした。
これではまるで、気にしているようだ。
いや、気にしているが…気になって仕方ないが。
どうして、こんなにも綱吉のことばかり考えてしまうのか。

「沙菜ね、あの黄色いお花もかきたい」
「どれだ?」

リナリアを描き終えて次のページをめくり、次の花を所望する沙菜の指先を辿った。
それは、コウが上げていた向日葵だった。
俺は一本手にとりリナリアの代わりに花瓶に一輪差した。

「きれいね」
「今日仕入れてきたばかりだからな」

いきが良いんだと言ってやるが、今一わかっていないようだった。
そこまでわかれとは思ってないので、俺は自分の椅子に座ってじっと観察している沙菜を眺める。
沙菜は黄色とオレンジと茶色のクレヨンでぐるぐると描いていて、その眼差しは綱吉の面影が残った。
アイツの子供なんだなと感じて微笑ましくなる。
それと同時に、あいつの恋愛対象が女なんだと自分に思い知らされる。
これからは、沙菜のために母親を見つけるのだろう。
そして、いつかこの花屋には来なくなるだろう。

「今度は寂しい顔してる」
「なんでもわかるんだな、沙菜は」
「わかるよ、だって沙菜の好きな人だもん」
「俺を好きなのか?」
「うん、おとーさんが好きな人は沙菜も好きなんだもん」

えへへ、と笑う沙菜に俺の動きが止まった。
視線を感じてゆっくりとそちらに顔を向けるとコウが俺を見ているのに気付いて、目があったとたんサッと逸らされた。

「おい、お前なに話し聞いてんだ」
「いやっ、だって仕方ないでしょうっ…こんな近くなんだからっ」

睨みつければこんなところでそんな風に動揺するのも悪いんだと喚いている。
そんなの関係ない、とりあえず一発殴らせろと手を上げるとコウは白羽取りをして受け止めた。
それにきゃいきゃいと笑い声が加わって、なんだか今日は一人増えただけでにぎやかだ。




いつもの時間になると、嵐はますます激しくなってきて店に沙菜を迎えにきた綱吉はびしょぬれだった。
幸い、明日は休日だ。

「うちで泊ってけ…沙菜もここにいることだし、わざわざ濡れて帰ることねぇだろ」
「いや、それはまずいって…二人とか寝る場所ないだろ」
「和室がある。客用布団もあるからそれを使え」
「でも…」
「沙菜お泊まりしたーい」

渋る綱吉に沙菜は大きく手を上げて挙手をした。
ちなみにコウは嵐が酷くなる前に帰したため、ここには俺と綱吉と沙菜だけだ。

「沙菜まで…」
「今日ね、一杯お花描いたんだよ」
「ん?見せて」

コウの置いていったスケッチブックを沙菜は手にとって綱吉に見せている。
それにすごくうまいじゃないかと感想を漏らしながら、どうなんだと重ねて問いかけるとぎりぎりまで渋ってようやく頷いていた。
なんだ、そんなに俺と一緒は嫌なのか。
それとも、俺が沙菜に何かすると思ってるのか?
冗談じゃないが父親だ、そう思うかもしれない可能性は否めない。

「その代わり、飯は綱吉が作れよ」
「俺何も美味しいものとか作れないよ!?」
「なんだよ、沙菜の弁当は冷食か?」
「違うよっ」
「だったら十分だろ。早く作れ」

まずはシャワー浴びてからなと慌てる綱吉を風呂場に押し込みその間に俺は冷蔵庫を少し綺麗にしておいた。
沙菜は綱吉の料理が食べれると嬉しそうにしている。

「おとーさんのご飯美味しいんだよ。ちょっと前はね、こげこげだったけど美味しくなってきたの」
「ほう、練習のたまものだな」
「たま…?」
「沙菜のために頑張ってるってことだ」
「うんっ、おとーさんすごいんだよ」

可愛い笑顔で言った沙菜の言葉と共に、廊下からガタンッと激しい音がしてそっちを見ると綱吉が蹲っていた。

「どうした?」
「俺の子が天使過ぎてどうにかなりそうっ」
「へーへー、さっさと飯作れ」

単なる親バカかとため息をつきながら、浮かれ気味に料理を始める背中を見て、これも父親か…なんてどこか遠くから眺める感覚に陥った。
すると、腕をひかれてそちらをみると沙菜と目があう。

「ねぇ、どこみてるの?」
「ん?どこもみてねぇぞ?」
「ちゃんと、おとーさんをみてあげて」

沙菜の言葉に首を傾げて、綱吉をみるが特に変わった様子はない。
だが、少しばかりテンションが高い気もする…。
気のせいか…?
沙菜はそれきり、綱吉に合わせて楽しそうに食事をし俺も夕食を美味しく食べて風呂に入った。
沙菜が風呂に入っている間、俺と綱吉は二人きりになってテレビがついていたがなんだか無言の空気が漂った。

「今日は、ありがとう」
「別に、たまにはいいだろ」
「うん。沙菜も楽しそうだったし」

綱吉のその言葉を聞いて、俺はひとつ思い当たった。

「お前、沙菜のことばかりだな…ここでぐらい、自分のこと考えろよ」
「…リボーン」
「父親として色々やんなきゃいけねぇこととか、あるだけろうけど。ここなら一人じゃねぇぞ」

俺がいる、そう言ってやれば綱吉は心なしか安心したような顔をした。
気だけかもしれないが、沙菜が言っていたのはこのことだったのかもしれない、と感じていた。




続く







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