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 悲しみにくれるデルフィニウム

沙菜がようやく帰ってきてくれて、何も言わずに出てきたというから俺は彩実に沙菜はこっちにいるとメールしておいた。
返事はそう、と短いものでいかにも今気付いたと言わんばかりのメール内容に苛立ちを覚えた。
本気で沙菜を引き取りたいわけじゃない癖に、どうしてそんなことをするのか。
こうなってしまったのも俺が悪いのかもしれないが、自分で産んだ子供をどうしてそんな風に扱えるのかわからなかった。
生まれた時は、可愛がっていたと思うのに何が彼女を変えてしまったのだろうか。

「沙菜、明日リボーンのところにいっててくれるか?」
「…どうして?」
「ちょっと、お母さんと話しをしないといけないんだ」
「沙菜、戻りたくない」
「わかってるよ、沙菜は俺と一緒にいるんだ」

本当なら俺と彩実は一緒にいた方が沙菜のためになるとは思う。
けれど、彩実にそんな意思がないからそれは無理だ。
そしたら、答えは一つしかない。

「ごめんな、こんなことに巻き込んじゃって」
「んーん、大丈夫…おとーさんがいるなら、さな大丈夫だよ」

手を伸ばしてきて抱きしめると小さい身体が俺の胸に収まった。
こんなに小さいのに、俺達は何をやっているんだろう。
振りまわすしかできないこの子に謝りながら頭を撫でた。
明日は俺の仕事を休ませてもらわないと、そして決着をつけなければならない。
もうついているはずだったのに、どこまで振りまわすんだろう。




次の日、俺は沙菜をつれて花屋を訪れた。

「じゃあ、よろしくおねがいします」
「わかった」
「俺が迎えに来るまで預かっててくれるだけでいいから。いい子にしてるんだぞ?」
「はーい」

リボーンには今から俺が何をするか、しっかり伝えた。
なんだかんだ、沙菜がいない間ずっとリボーンの傍に入り浸ってしまって自分が少し恥ずかしい。
でも、そんな情けない俺をリボーンは元気づけてくれて、すごく頼もしく思えた。
だから、今回リボーンのところに預けることにしたのだ。
沙菜がいてはきっと、まともな話しもできないだろうから。
除け者にするつもりはないが、ここでしっかりと話しをつけておきたいと思ったのだ。
沙菜に手を振り、家に戻る。
時間になるまで適当に時間を潰して、約束をした時間の五分前に家のチャイムが鳴った。

「沙菜をかえして」
「一度手放してるのに、そんなの無理に決まってるだろ」

開口一番に言われてどうしてそんなに図々しいんだと俺はうなった。

「あのときはあのときだったの、今は必要なの」
「そんな我儘聞けるわけない」

身勝手な言葉に俺はため息交じりにそう言ってやった。
けれど、彩実は唇を噛んで俺を睨みつける。

「沙菜はどこ、連れて帰るわ」
「駄目だ。第一沙菜はお前が怖くて抜けだしてきたって言ってたぞ。面倒見れないならお前のところにやってもダメじゃないか」
「それは…ご飯作ってたんだから当たり前でしょ」

いないのには気づいたわよ、とふてぶてしい態度は崩さない。
どうして沙菜が必要なんだろう。
どうせ、自分の都合なんだろうと俺は首を振り続けた。

「いい加減にしてよっ。沙菜は必要なものなの。私が自由になるのはあれがないと」
「沙菜はものじゃない、どうしてそんな言い方しかできないんだ。そんなやつのところには沙菜はやれない」
「私が生んだのよ」
「もう愛情すらないだろう」
「あなたもそうだったじゃない。私がどれだけ苦労して育てたと思ってるのよ。夜泣きはあるし、おねしょもするし、食べさせないと泣くし、それを全部私に押し付けておいてよく言うわよ」
「っ…」
「大体、私が生んだからって押し付ける貴方に言われたくないわ。今さら自分で育てたみたいに振舞わないでくれる、鬱陶しい」

彩実に言われて何も言い返せなかった。
確かにその通りだった。
一番大変な時期を彩実に押し付けて、自立できるようになったとたん自分の手元に置いたのだから。

「沙菜を返して」
「沙菜はやらない」





「ねぇ、リボーンさん…私のこと聞いてくれる?」
「どうした」

綱吉がいなくなった後、沙菜は一人で遊び始めた。
枯れかけた花を花瓶に飾り付けていく遊びで、コウが教えたものらしかった。
枯れかけたと言っても一番咲きごろの果実で言うところの熟れ過ぎた状態のものだ。
そして、唐突に問いかけられた質問に先を促してやる。

「一番大事な話しなのに、私は除け者なの」
「……」
「私の話しをしているはずなのに、誰も私に気づいてくれない」
「沙菜」
「私、子供かもしれないけど…自分のいたい場所ぐらい言える」

花を切る手を止めて沙菜はポツリポツリと決心をにじませた声で言い放った。

「それに、おかーさんに言われたらおとーさん泣いちゃうかもしれない。おとーさん、弱いから…リボーンさんがいないとダメなの」
「お前…」
「ねぇ、お願い…私をおとーさんのところに連れてって」

一緒に来て、と手を握られた。
まっすぐ見つめてくる瞳は、子供というにも大人びていて、どうしてこんなにも大人びたことを考えるようになってしまったかというと、きっと今の環境がそうさせているのだろう。
親のせいばかりでもないだろうが、沙菜はそれ以上に他人の感情に過敏になってしまったのだろう。

「…ダメだ。アイツが、迎えに来るって言ってただろ」
「リボーンさんならわかってくれるって思ったのに」
「わかってやりてぇよ、けど…これは俺が口出ししていい問題じゃないんだ。もちろん、沙菜もな」

例え当事者だろうが、きっと沙菜をここに避難させたのには理由がある。
沙菜を傷つけないようにしているのが大きな理由だろう。
大人の会話は子供にはダメージが大きいものがある。
沙菜は俯いて俺の隣に座ると小さく肩を震わせた。

「大丈夫だ、お前が望んだことにはちゃんとなる。お前が余計に傷つかないように綱吉がここに置いていったんだろ」
「私…いらない子じゃ…ない?」
「ああ、少なくとも沙菜がいなくなったら綱吉はどうにもならなくなるんじゃねぇか。あいつ、ホント情けねぇからな」

頭を撫でてやると、声を殺して泣きだした。
店の方ではコウの声がする。
少し前までは元気に笑ってたのに、最近は泣き顔ばかりを見ている気がした。
こんな小さな子供に気を使わせるなんて、あとで綱吉にはたっぷりと灸をすえてやるとするか。
そのうち沙菜は泣き疲れて俺に寄りかかって眠ってしまった。

「沙菜ちゃん、クッキーもらったけど…って、あれ?」
「静かにしろ、おきるだろ」
「泣いてたんですか」
「綱吉のところに行きたがってな」

コウが入ってきて沙菜を見れば、心配そうに顔を覗き込む。
最近こいつはよく沙菜に肩入れするな。

「お前、沙菜となんかあったか?」
「いえ?別にないですが、共感できるところはあるんで…」
「ああ、お前も両親が離婚してたんだったか」
「まぁ、俺のは俺が成人してからだったんで今は二人の籍にすら入ってない状態ですが」

名字は父親のを使ってますけどね、と貰ったクッキーをテーブルに置いていく。
コウも、今は独り暮らしで身寄りがなくなってしまったことには最初こそショックを受けたが、今は気楽でいいと割り切れているようだ。
自分と同じような境遇に置かれている者同士無意識に惹かれているのだろう。

「だからって、手ぇだすなよ?」
「出しませんよっ。ってか、止めてください…そんな明らかに年が離れてるのにそういうこというのー」

沙菜ちゃんが可哀想でしょ、とコウは苦笑いをする。
それもそうだなと笑って、綱吉が早く来ないかと時間を確認する。
まだ、約束をしたと言った時間から三十分程度しか経っていない。
ここに沙菜を預けに来た疲れた表情をみるに、妻とやらは精神力を消費するらしい。
沙菜を迎えに来るのは良いが、慰める方も必要かもしれねぇなと考える。

「って、何で俺がアイツを慰めなきゃなんねぇンだ」

あいつが必要とするのは沙菜だろうに。
自分の考えに笑って、でもあいつのことを慰めてやるぐらいなら俺にもさせてほしいと思ってしまうのだった。



続く





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