◎ 向日葵が見つめている
朝起きると知らないベッドの上で少しびっくりした。
身体を起こせばベッドに放り投げられるようにして置いてある服、私はもそもそとそれに腕を通した。
時間が止まっているみたいに錯覚しそうになって、時計を見ればしっかりと動いていた。
ちくたくと規則正しい音を立てて回っている。
長い針が下を向いたら行かないといけない。私は急いで服を着てしまうと階段を伝ってリビングへと向かう。
「おはよう、沙菜。朝起きれて偉いねぇ」
「おはようございます」
そこにはおばあちゃんがいてご飯の支度をしていた。
私は頭を下げて手伝おうとキッチンに向かうとおかーさんがいた。
「あんたは向こうにいな、邪魔」
「…うん」
おばあちゃんもごめんね、と言って私は大人しくソファに座った。
慣れない家、私のおうちじゃない。
早く帰りたい。おとーさんのところに帰りたい。
泣きそうになって慌てて俯く。泣いたら怒られる。
ご飯が用意されて、私の前にも料理が並べられた。
いただきます、と手を合わせて食べ始める。
おかーさんとおばあちゃんはテレビに夢中。
私はお皿から溢さないように食べて、嫌いな甘い人参も我慢して喉の奥に流し込んだ。
「はい、お弁当。沙菜の好きなものたくさん入れてあげたからね」
「ありがとう」
手渡された弁当は少し暖かくて、でも私の好きなものなんか一つも入っていないの、わかってる。
だって、おかーさん私の好きなもの知らないでしょ?
おとーさんの作るお弁当は焦げてるのとかあるけど、私の好きなものがたくさん入ってるお弁当。
でも、時々嫌いな野菜も入っててがんばって食べるんだぞ、ってお手紙が入ってる。
私はそれが嬉しくて、楽しくて…おかーさんといた日よりもなにより…。
そして、保育園に連れていかれて先生に私の近況を話すおかーさん。
私、そんなに嬉しそうにしてなかったよ。
でも、保育園での日常はいつもと変わらず、話しかけてくれる友達と遊んで私はいつもより時計に目がいってしまった。
いつもは、早くおとーさんの帰ってくる時間にならないかと見ていたけれど、今はお願いだから動かないでと思わずにはいられない。
熱い、と思った時には遅くぽろぽろと目から水が溢れていた。
「あらあら、沙菜ちゃんどうしたの?」
「だい、じょうぶ…めがいたかっただけ」
もうへーき、と目を擦って心配してくれる先生に笑うと、よしよしと頭を撫でられた。
そうして他の子の方へといってしまう。
私は一人絵を描いていた、おとーさんとお花の絵をかいてた。
いつもより早い時間、おかーさんが迎えに来た。
私は昨日と同じように手を引かれて、保育園を出て途中からは離される。
おかーさんは沙菜のこと好きじゃないのに、なんで一緒にいるんだろう。
沙菜のこと、嫌いなのに…なんでだろう。
じっと見ても、私とおかーさんの視線が交わることはなくて、ずっとおとーさんのことを考えていた。
今頃は、リボーンさんと一緒にいるんだろうか。私のことは忘れてしまったんだろうか。
私はいらない子だから、おかーさんが迎えに来てるのかな…。
昨日はこれでいいって思ったのに、今はおとーさんに会いたくて仕方ない。
おかーさんのおうちに戻ってくると、私は手を洗う。
おばあちゃんは仕事でこの時間はおかーさんと二人きり。
おかーさんはテレビを見ていて、私は何をしててもいけないからソファに座る。
見てるふりをして、この落ちつかない時間が早く終わってほしいって思ってる。
日が沈むころ、ようやくおばあちゃんが帰ってきて、おかえりなさいをするとまたいい子だねと笑う。
いい子じゃなくなると怒るのに、どうしてそうやって笑うんだろう。
「沙菜っ」
「はいっ」
途端、聞こえたのはおかーさんの声。
私は慌ててそっちに行くと、お弁当箱を見せてきた。
どうしても食べれなくて残したピーマンがそこにあって、私はごめんなさいと謝った。
「私の作ったものが食べれないって言うの!?いい加減にしてよ、ようやくストレスともおさらばできるかと思えば、またこんなことして。まぁ、いいわ…これ、今日の晩御飯にしてあげるから」
にこりと笑った顔はとても怖くて、助けを求めようとしても、おばあちゃんは何も言ってくれない。
「ほら、もうあんた邪魔だからあっちにいって」
「っ…」
冷たい声が降ってくる。
もう私を見ようともしない。
ひとりぼっちで、ぎゅっとまた胸が締めつけられた。
息ができなくて、怖くて、私はそっとリビングを出た。
玄関に立つと新聞紙の間にある裏面が白い紙をだして、ごめんなさいと書いて私はそっとおうちを抜けだした。
私がいなくなったことに気づくこともなく。私はほっとため息をついて、暗い道を歩き出した。
自分の家はちゃんと覚えているけれど、転々と明かりがついているぐらいしかない道を歩くのには戻りたくなるほど怖かったけど、おかーさんはもっと怖いんだと自分に言い聞かせて歩いた。
夜は誰も歩いていなくて、家の明かりや子供の声が道まで聞こえてくる。
時々車が通るから、それから避けるように壁の近くを歩く。
「あ……わかんない…」
知っているだろうという気持ちで歩いてきたが、途中からここが正解の道かわからなくなってきて私は足を止めた。
周りをみてみるけど、暗くて景色もわからない。
とにかく歩こうと思うのに、このまま行って誰も知らないところまで行ってしまったらどうしよう、という思いが頭をよぎる。
「おとーさん…おとーさんっ…」
呼んでもこないのはわかってるのに、助けを求めずにいられなかった。
すると、近くで足音が聞こえてビクッと身体を揺らした。
知らない人だったらどうしようと泣きそうになって、そっちをじっと凝視した。
「あれ?沙菜ちゃん」
「こうにぃ…」
「え、どうしてここに!?お母さんのとこにいったんじゃなかったの?」
いつもとは服が違うけど、お花屋さんにいた人だとわかれば私は安心して、動かなかった足が動くようになった。
手を伸ばしたらよしよしと背中を撫でられてしゃがんで同じ目線で問いかけてくる。
「おかーさん、怖いの…だから、おとーさんのところに帰りたいの」
おとーさんはいらないかもしれないけど、私はおとーさんが良かった。
ぎゅっとコウにぃの服を握ったら、そっか、と抱きしめられた。
「なら、俺が届けてあげんね」
「おうち、わかるの?」
「いや、ここ花屋の近くだよ。それにお父さんは店長のところにいるよ、沙菜ちゃんに会えなくて店長のところに来てたんだ。大人なのに弱虫だね。沙菜ちゃんはこんな暗いのに泣かなくてえらいね」
私を抱きあげて、コウにぃはにっこりと笑った。
「おとーさん、さなのこといらなくなってない?」
「いらなくなってないよ。沙菜ちゃんが戻ってきたら喜ぶんじゃないかな。沙菜ちゃん、もしかしてそれでお母さんのところにいたの?」
「…うん。おとーさんには嫌われたくなかったから…」
「俺は、沙菜ちゃんのお母さんのことは知らないけど、お父さんはすごく沙菜ちゃんのこと好きだよ。昨日なんか沙菜がいなくなったぁって泣いてたんだから」
「本当に?」
「ホントほんと、でもこれは内緒な。俺と沙菜ちゃんの秘密、お父さんが泣いてたなんて沙菜ちゃんには知られたくないだろうから」
「うん」
「沙菜ちゃんは、ものわかりいいよね。こんな小さいのに、偉いねってよくいわれるでしょ?」
コウにぃは歩きながら話して、私はうん、と頷いた。
偉いね、とかいい子だね、とか言われるのは好きじゃないけど、そうしていれば皆優しくしてくれる。
そしたら、コウにぃがもっと泣いていいんだよって、小さく呟いた。
「もっと、君は子供らしくあるべきだ。お父さんにたくさん甘えて、たくさん困らせても沙菜ちゃんを嫌いにはならないさ」
「…本当、かなぁ?」
「うん、俺が保証してあげる。もし、沙菜ちゃんがお父さんに嫌われちゃったら俺のところにおいで、君にピッタリな花を選んであげよう」
お姫様にはお花がお似合いだからね、と初めてリボーンさんに会った時の様な呼ばれ方をして、私は笑った。
「ようやく笑った、さて…お父さんが待ってるよ。てんちょー、沙菜ちゃん宅配しましたー」
気付いた時にはいつもの花屋さんの前にいて、コウにぃは中に声をかけている。
すると、がたがたと音がしてその間に私は下へと降ろされた。
「…あ?冗談も大概にしろよ、綱吉が尋常じゃなく落ち込んでるときにそんなこと…って、マジかよ」
「沙菜!?さな、どこ…さな」
「おとーさん」
リボーンさんは私を見て驚いて、そのあとリボーンさんを押しのけるようにして出てきたおとーさんに、笑えば、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「よかった…じゃなくて、ダメじゃないか。なんでこんな夜に出歩いたんだ」
「ごめんなさい…でも、おかーさん…怖い」
おとーさんに怒られて、私は安心したと同時におかーさんの怖さを思い出して緊張が解けたようにこみ上げてくる涙を押さえることができず泣いてしまった。
「さ、沙菜…ごめん。怒り過ぎた」
「ん…いーの、おとーさん…おとーさぁん」
しゃくりあげるのも構わず大声で泣けば、おとーさんは優しく頭を撫でて好きだよって言ってくれて、それでますます涙が止まらなくてもう離れたくないとおとーさんに抱きついていた。
ずっとあやされて、ひとしきり声を上げていると落ちついてくる。
こほっとせき込むと水が差し出されて、顔を上げるとリボーンさんが持ってきてくれたようだった。
「沢山泣いたら、たくさん水を飲め。無事にこれてよかったぞ」
「ありが、とう」
両手で受け取ると水を飲み干して、おとーさんはよかったよかったとずっと私にくっついていて、ここまで運んでくれたコウにぃにお礼を言おうと見回したらいなくて、おとーさんから離れる。
「あれ、沙菜?」
「コウにぃは?」
「さっきあっちの方にいったぞ。それより綱吉、もう夕飯の時間過ぎてるぞ。帰れ」
「はっ、そうだった。夕食準備しないと」
荷物持ってくるから、とおとーさんが奥に行ってしまって。私はコウにぃを探すために暗くなっている店の方を覗いた。すると、コウにぃがいていいところに、と笑った。
「はい、沙菜ちゃんに」
「おっきいおはな」
「向日葵だよ。沙菜ちゃんの顔ぐらいのサイズかな」
包装紙にくるまれたそれを見て、私は目を奪われた。
こんなに大きな花があったんだと嬉しくなった。
「花言葉があって、あなただけを見つめています。っていうんだ」
「あなただけを…」
「寂しくなったら、おいで」
「うん、ありがとう」
「沙菜―、帰るぞー」
「はぁい」
コウにぃに頭を撫でてもらって、私はおとーさんの方に走った。
「何だ、貰ったのか?」
「うん、綺麗でしょ」
「沙菜の方が綺麗でかわいいよ」
コウにぃはその言葉に苦笑していて、私はおとーさんに抱きあげられて二日ぶりに私のおうちに帰ることができた。
一本だけの大きいヒマワリは倒れない花瓶に一本さされて、枯れるまでの間私を楽しませた。
続く